プロローグ8
「ナツさん! スタンバイお願いします!」
「はい……ヨロシクお願いしますっ」
大きな楽屋の扉をコンコンと叩き、ラフな格好をした新米ADが俺をさん付けで呼びに来た。俺もそれにTV用の笑顔で答え、楽屋を後にした。
今日、初めの仕事。ドラマの撮影ではなく、バラエティのメインゲスト出演。有名なお笑い芸人が司会の、緩いゴールデン番組だ。進行順番は台本を少しだけ見た、なので結構曖昧なのだが、この番組はアドリブ満載だらけらしいので、台本も無意味らしい。それに、カンペや流れを色々見ればいつも大丈夫だったので、今日だってそれは変わらないだろう。
司会の芸人2人には早々に挨拶をした。まさか携帯の写メでツーショットを撮りたいなどと言われた事は予想外だったが、初対面にしては好印象を持ってくれたかもしれない。
番組のスタジオに入り、ディレクター初め、カメラマンから美術さん、近くに居る人に大きな声で挨拶をした。
「今日は、よろしくお願いします」
「よろしく! ばっちりイケメンに取ってやるから!」
「ホントですか? よろしくお願いします、……ははっ」
ここはお世辞の沼。無い事だって有る事のように話せる技術を身に着けなければやっていけない。いかに画面に映れるか、どれだけ笑いの取れる、印象深い発言を出来るか。それよりもまず、味方だ。大きな味方を付ければ付ける程、チャンスが得られる。そのチャンスを得る為には、やっぱり嘘も必要だと言う事だ。
「収録開始しまーす!」
薄暗い舞台脇で合図を待っていると、大きな若い声が聞こえた。さっきの新米ADだろうか。2、30人程居る客席は、やっぱり女ばかり。そうため息を吐いている間に、収録開始のカウントダウンが始まっていた。
「5、4、3、2」
1の合図は無い、0と同時に手を大きく振り、それが収録開始の合図だ。番組専用のBGMがかかり、少しだけ間が空き司会の声が聞こえた。最初に軽い笑いを取るような司会達だけのトーク。
3,4分待った辺りだろうか。
「さて、じゃ早速ゲストを紹介しましょうかね」
俺の出番。
ここは俺にとっても、ドラマのようなモノだった。バラエティ然り、映画然り、芸能界然り。自分を隠し、裏の顔を出し続ける。
やっぱりお決まりのBGM。俺が居る目の前の扉の向こう側では、ドライアイスの霧が噴射されているのか、歓声とはまたちょっと違う音が耳を塞いだ。ガシャンと乱暴に開いた自動の扉。眩しい光が俺を照らす。沢山の人、カメラ。全体がこぞって俺を見やがった。
気持ち悪くて、吐きそうになった。
だから、俺はその沢山の期待に添えてやるように、一例した後に、大きく大げさにドヤ顔をしてやった。
あぁ、本当にもう――。