プロローグ7
棗視点
「俺が絶対見つけるから、お前のこと」
本当に好きだったと聞かれてみれば、本当に愛してたと答えられる。
どれくらい好きだったと聞かれてみれば、頭から焼きついて離れないほど。それ以上、犯罪をも起こしてしまいそうなくらい。
だから、行かせたのかもしれない。
アイツの泣く顔は見たくなかった。悲しくなんてさせたくなかった。
「だから、俺は女じゃねー」
そう思う度に、アイツのその言葉を思い出す。そうだ、アイツは立派な男だ。柔らかくもないし、弱くもない。
でも大切にしたかった。
それくらい愛してる。今でも好きだ。
忘れてみようなんて思ったことはない。だけど、俺ももう子供じゃない。この厳しい社会を乗り越える為に、生き残る為に色々な事をした。抱きたくもない女を抱いたりもしたし、汚い事もした。誰かを泣かせた事もある。良心が痛む為に、俺はまだ壊れちゃいないと確認できた。
「……」
あれは何年前だったろうか。
壱を最後に見た空港。最後に1回キスをして、背中を押して笑って送ってやった日。あの時見た笑い顔は、今でも忘れていない。
あんな幸せそうな顔を、忘れるわけがなかった。あれで何度立ち直れた事だろうか。
「6年……」
あぁ、そうだ。6年。俺と壱が離れて、6年が経ったんだ。
成人して3年が経った。
なのに、俺はまだお前を見つける事が出来ないまま。この日本っつー小さな国にいる。大きいと思えた日本を今じゃ小さいって思えるようになってきた。
そんな地位なのに。なんでまだお前との距離が縮まらないんだろうか。
「……壱」
*
今年は去年にも増して暑苦しい夏が全身を襲ってきやがった。
寝る為だけにあるようなだだっ広い家のベッドから目を覚ませば、頭も体もダルくて、自分にあるモノを全て放棄してしまいたくなる。
「ドラマ主演? ……って、なに、大河? ホラー? 刑事物?」
仕事はたまに休みが入るくらい。夏風邪でも引きたいと思ったけれど、思えば思うほど願いとは程遠くなってくる。 この業界に入ってしまったのを後悔した事は何度もあったけれど、俺は本当の願いも、約束も、いまだ果たしてはいない。
「は、恋愛? 断るに決まってんだろ」
「そう言うなって、な? お前の株も上がるぞ?」
「……前もそれで2時間SPのやって、相手方となんか変な誤報道されたじゃねぇかよ」
「あれは本当に誤解だって、ちゃんと相手もプロダクションもこっちだって言っただろ? 2度も同じ事にはならねぇから、大丈夫だって! な?」
「……」
この業界、……基、『芸能界』と言われる所に入って4年が経った。慣れないお世辞や隠ぺい工作、やらせやスキャンダル。華の世界と呼ばれる中で、いろいろと見たくないものを見てしまった俺はもう、ここにどっぷり浸かってしまった。
あの昔、部活から帰ってきてはTVを付けて好きなバラエティやドラマ、暇潰しに見ていたブラウン管の中身に、俺は今そこにいた。別に入りたいから入ったわけじゃない。第一こういうものには興味も糞もなかった程だし。じゃあなんで入ったのかと聞かれれば、ある人生の転機と、恋と答える他ない。
「まぁ仕事だしなぁ……。良い。分かった。やる、……で、どんな内容?」
Kテレビの控室の中、大きな鏡の前の椅子に座りながら、漫画雑誌を読み、スタンバイ待ちをしていた俺に、マネージャーがいきなりテレビドラマの話しを持ち出した。
「学園恋愛。少し中の悪い先輩後輩男女の、恋物語」
「なんだそれ……臭ぇ…」
ドラマには脇役から主演まで、引っ張りダコだった。刑事モノじゃ新米刑事から始まって、犯人役、殺される側。ホラーは主演から、結局殺される約、大河もそんな感じだ。その他にもいろいろとやっているが、一番苦手なのが恋愛モノだった。別に相手役の女とキスするのが嫌なわけじゃない。仕事だ、ちゃんとわきまえている。じゃあ何で嫌いなのかと聞かれれば、単に恋愛モノが嫌いだから。としか答えられなくなってしまう。
「これ、原作な。ちゃんと読んどけよ。脚本も出来る限り原作に沿うそうだし」
「へー……珍しいな。最近じゃ原作の趣旨も方向も無視してんのばっかなのに」
マネージャーから手渡された本は思いの他分厚くて、嫌々開いてみた本の中身はしっかりとしまくっていて、携帯小説なんかじゃない事に気づいた。
「市川有紗? しらねぇな……なんか賞とってたっけ?」
作者は役者の俺さえも知らない名前だった。新人とは言っても、いきなりドラマ化。少しくらい噂は耳にするだろう。
「あー、…なんかな、その人、今海外居るらしいぞ」
「は?」
「話しだと、海外からこっちの出版社にいきなりその原文が届いたみたいでな、その担当も編集長も顔は知らないらしい。それでも面白いってな、いきなり出版、そんでもう賞取るのも確実らしい」
どんな映画だよ……。これが天才って奴か、恵まれた奴って言うのか……。
また適当にめくったページには、何やらゾロゾロと書き連ねられた文字がグルグルと描かれていて、読む気すらしなくなってくる。
「ザキさん、これ読み終わったらあらすじ教えて」
「またかお前……少しは本くらい読め!」
「だってなー……」
昔から学校の教科書文さえ読むのが苦痛だった程だ。原作が漫画ならそれはもう読みまくるけれど、俺に小説はきつすぎる。
「お前、もう23だろ。少しはしっかりしろよなー」
「仕事はちゃんとしてるだろ」
「仕事、わな」
「……」
志半ば、推薦入学で入った全寮制の高校を途中退学した後はもう、むちゃくちゃだった。いろいろな指導をされ、教育され、今思えば、あの時の俺は本当に子供だったな、なんて、後悔さえしてきた。
そう、子供だった。
俺も、あいつも。