ジャーニー 2
「担当さんに連絡しないと」
「? なんで」
「当分大学行かなくても良い状態になったら連絡くれって言われてたんだよ」
「俺聞いてねーぞ。つかゼミは?」
「どうせ大学行かないなら徹底したいんだよ」
「変な完璧主義だなぁ……それで? 俺聞いてないんだけど??」
「は? だっていってないし」
「何言ってんだ!! 俺マネージャーだろ!?」
「お前なぁ、こっち戻ってきて以来マネージャーぽい事何一つしてねーだろうが!」
俺のマネージャーである事を一歩足りとも譲らない明は、自分の聞かされていない連絡にブーたれた。面倒くさいのでそれを放っておいて俺はパソコンでメール画面を開いた。
「そういやさぁ……。ドラマの打ち上げ。あれもうそろそろじゃないか?」
担当さんに送る文を書くために動こうとしていたその手は、明の一言にキーボードの上で静止する。
そうなのだ。それが一番の難関だ。
戻ってきてからも、ヒトトキも忘れた事など無かったそれを。敢えて言葉にしないように心のうちにしまっていたそれを。何故、今、このタイミングで言ってしまうのか。
「ドラマ、好評なんだろ? きっと盛大なんだろうなぁ」
俺の小説を原作としたドラマは、海外にいるという作者の話題性と、棗目当てのファンがこぞって見ているらしく、何と毎回の視聴率はそこそこ良いらしい。そのおかげで棗宛てに書いた後書きが増刷に増刷を重ね、もう公開処刑のような形で全国各地に出回っていると聞く。まぁ、99%の人たちは本文が目当てなのだからあまり気にしていない。
「殺されそうになったら盾になれよSPさんよ」
「任せろってー」
頼りにならない声で頷くので、俺は明にも聞こえるよう大げさな溜息を吐いてキーボードを打ち始めた。
大学の事について短く簡潔に書き、それと合わせて小説の進み具合についても少しだけ書いた。書き終わってもう一度文章を確認し、編集さんに送信。
返信は、10分位経った後すぐに届いた。
「なんだってー?」
「じゃあこっち戻って来いってさ」
「ま、その通りだよな」
それと一緒に俺が住む家の手続きもあるからと色々書かれてある。編集担当と小説家は親身一体だとこの編集さんが言っていた事があったけど、まさか家の手続きまでしてくれるとは思っていなかった。
「明はどうすんだ? 家」
「ん?」
俺の家は編集さんが手配してくれると言っているが、明の分まで用意する理由はどこにも無い。ていうか周りからすれば常に一緒にいる意味も無いのだ。だって何も仕事していないから。
「家決まるまで壱の家居候させてよ」
まぁ、……これは本当に分かっていた言葉だ。
拒否しようと考えていたけれど、身の回りの事をこいつに押し付ければ大体の事に楽が出来る気がして、その魂胆を悟られぬよう頷いた。
「あ、でも行くのはハロウィン終わってからにしよーな! 仮装パーティーやりたいから!」
「遊びじゃねーぞ!!」
そしてそれから数週間。家の手配や手続きにもそれなりに時間が掛かるらしく、現状は明が求めていた通り、帰国はハロウィンが終わってからとなった。妹が作ったパンプキンプリンは、甘さ控えめで美味しかった。
毎日少しずつ、ダンボールの中に今の時期にはもう着ない服なんかを詰め込んでいく。ベッド等の家具も一緒に持っていこうとしたが、母が、俺が帰ってきた時の為に置いとけと行ったので、それはそのまま。
小物を詰めて、ガムテープで止めて。
家具以外の物がダンボールの中に埋まり以前より殺風景になった部屋の中でポツンと佇んで、やっぱりと声を漏らした。
「無ぇんだよなぁ……どこ言ったかな…?」
それに最初に気付いたのは、確かエマと別れて数ヶ月が経った頃だ。数ヶ月も経っているのに、俺はエマとの別れにまだ吹っ切れずにいた。突然目の前から消えてしまったエマの姿を、どこに行っても探してしまう。
その時にふと、棗もこんな感じだったんだろうかと思った。
写真に写る笑顔の棗を久しぶりに見たくなって、写真があった場所を見て、手が止まったのを覚えている。
「俺、捨てたっけ……?」
突然消えた手紙は、こんな状況になっても見つかる事は無かった。
「壱ー! もう行く時間だぞー!」
「今行く!」
何とも腑に落ちない結論に思い至って部屋を出る。
その写真が、棗の元にあるとも知らずに。




