或る愛の価値観とは 5
ザキさんに『壱がアメリカに帰った』と知らされたのは、その次の日の事だった。その間もその後も、散々壱に付いて嫌と言う程質問された。まぁでもその質問も「メアドとか聞いたー?」とか、「LINEIDは?」とか、そんなものばっかだった。
「女子高生じゃ無いんだから」
「え、でも昔から仲良かったんだろー?」
会見後の出来事をそのままザキさんに話せるわけもなく、一緒に飯を食べて色々話し込んだと嘘を吐いたのが落とし穴だったのを今更ながら後悔した。
「それより、今日のスケジュールは?」
「今から社長のとこに行って、午後からドラマの撮影。それが終わったら『メンズVivid』の撮影。今日はそれだけ。でも社長、何でお前の事呼んだんだろうな?」
壱が帰った日、薺からザキさんに電話があったそうだ。要件は言わず、明日の午前中に事務所に連れて来いとそれだけ。いつもは要件も伝えるのに、何か写真抜かれた? とか、少なからずザキさんは心配しているようだが、俺にはその要件が何だか大体予想が付いた。
壱の事以外ではまずありえないだろう。そして俺も薺に聞きたい事が多々あった。
何故、昔俺と壱を引き離した癖にこの仕事を承諾したのか。脚本を貰った日。あの時薺は俺に対して昔の賭け勝負がどうのと意味不明な事を言っていた。その意味は今も分からないままだが、俺の予想が当たっているとすれば、薺はあの時既に原作を書いたのが壱だと知っていたんだろう。
しかし、じゃあ何で昔は壱を邪魔者にしたんだ。
「ナツ? 何してんだ、着いたぞ?」
薺の行動の矛盾を考えていると、既に事務所の駐車場に車を停めたザキさんは俺に声を掛けた。
「あ、あぁ。ごめん、考え事してた」
「じゃあ行こう、一体何の話しだろうなぁ……」
そう言って先に車を降りたザキさんに続いて車を降りる。
「その事なんだけど」
「ん?」
「ザキさん、ロビーで待っててよ」
「えぇ!? なんでっ!」
気になっているところ申し訳ないが、きっと薺もザキさんに言う事だろう。
*
「山崎はロビーで待ってて」
社長室に入って開口一番。ザキさんに向かってそう言い放った薺とは対照的に、ザキさんはがっくりとしている様子だった。
「……はい」
1人社長室から出て行って扉は閉められた。足音が完全に消えてから、薺は口を開いた。
「座って」
さっきはいつも座っている社長椅子に居た筈の薺は、どういうわけかソファに腰掛けている。俺は言われた通り薺の目の前にあるソファに座った。
「なにその顔、ムカつくから止めて」
「はぁ? 人呼んどいて何なんだその言いぐさ」
自分がどんな顔をしているかは分からないが、薺のその物言いにイラっと来て、社長の目の前に居るとは思えない程態度悪く足を組んだ。
いつもならその瞬間に明らかに気分を悪くしたように顔を顰めるのに、今日はそれがなくただ黙るので、呆気に取られた。
「棗君」
そしてもっと呆気に取られた。
普段、俺の事を本名で呼ばない筈の薺が、俺の事を本名で呼ぶとは。昔も何度かこういう事があった。薺が俺の事を本名で呼ぶときは決まって――。
「もしかして、俺が考えてた事は当たってんのか」
「そうね、当たってるわよ」
「壱か?」
「そう、有沢君の事」