君の話 4
*
「ちょっと待て」
話しを途中まで聞いた俺は、そのまま続けようとする明を止めた。
「そしたらすっげービックリした顔して――…ん、何?」
いや、「何?」じゃなくて。
的場さんと言う女の子がビックリした顔をしていたと漏らした明の言葉に、俺は同じくビックリした顔になった。そりゃあ、今でも好きだった男が男も好きだと知ったらビックリするだろう。
「今、……なんでそこで俺の名前が出るんだよ? 俺とお前って、別に付き合って無いよな?」
「何でって……。あそこでああ言わなきゃ、今度は向こうに帰ってからストーカーされそうで…」
「お前と的場さんのストーカー事情に俺を引っ張って来るなよ!」
柄にもなく明に掴みかかりそうになって、自分に自制を聞かせた。「まぁまぁ落ち着けってぇ」とか言いながら苦笑いを浮かべてくる明に盛大な舌打ちを噛ませる。
キレなければ気が済まない事態だ。
「お前な……それ、もし棗に聞かれたらどうすんだ…」
会見の時もそうだった。棗は彼女に対し、緊張を解くような言葉を何度か掛けている。その後の記者の質問に、『事務所の後輩』がなんとかって言う質問があった。
「同じ事務所だろ……?」
そしてあの雰囲気じゃあ結構仲も良いだろうし、同じドラマも出てて……。
「あぁ、叶もさっき言ってたな。ナツが事務所のどうのこうのって」
「終わった……。俺、多分また棗に会ったら絶対殺される」
「そうなの? 猟奇的なボーイフレンドだなぁ」
「付き合ってねぇよ! ……つーか、…棗の事務所の社長、西岡さんじゃないのか?」
確か事務所の名前って――。
「『西岡entertainer・enterprise』の社長?」
「モロじゃん……!」
名前からして西岡さんが経営している事務所なのは一目瞭然の事だった。
「え、ていうか何壱、事務所の社長さんとも仲良しなの? 俺はお前を結構友達作るの苦手な人間だと思ってたんだが……」
「いや昔に少し会っただけで仲が良いって事は無いんだ。棗と西岡さんが昔馴染みで、そこからちょっとだけ……」
西岡さんに言われた事を、俺は思い返した。
芸能界に入るには、ゴシップ記事は絶対にタブー。恋愛関係、暴力沙汰、警察絡み、その他諸々含め、仲の良い知り合いと関係を切る事も大事。だから棗が好いている俺は邪魔だと言った。
もし棗が俺を殺すような事があれば、一番頭を抱えるのは西岡さんだろう。
いや、でも、もう西岡さんは頭を抱えているかもしれない。棗から離れた俺が戻ってきたから。その時点で、西岡さんが俺にした忠告は全部無と化した。だって現にもう、棗は俺を押し倒し、ちゃんとまだ俺を好きだと言っていた。
「殺されたくはねぇなぁ……」
「いや、それは大袈裟だろ」
俺の思惑を知らない明は、困った顔をしながらそう言った。
「分かんねぇぞ。思えば案外獣じみた性格してるから、もしかしたら爪でバシャっと殺られちゃうかも、俺」
「熊じゃんそれ」
「熊って言うよりは……ゴリラ?」
「もっと酷ぇ事言うなー。まぁ大丈夫。俺が盾になってやるから」
「は? なんで?」
「だって俺壱のマネージャーじゃん?」
そう言って、またいつものような笑みを浮かべた。ヘラヘラとしていて、何も考えていないような笑み。しかしどこか納得せざるを得ない感じのそれ。
それに何度騙されてきた事か……。しかし、今回ばかりは騙されてやるものか。
「言っとくがな、元はと言えばお前が下手な嘘に俺を巻き込んだせいだからな」
「あ、やっぱり納得しなかったか……」
そう言った明に、俺はそこらへんにあった雑誌を丸めて、頭を殴った。パコーンと軽快な音を立てた後、やっぱり明はヘラヘラと笑った。
「マネージャー兼SPになるから、それで許してちょ」
「当たり前だよ!」
「まぁさー、残りの仕事頑張って済ませて、殺される前にとっとと帰ろうな。あ! その前にお土産も買おう!」
そして次の日から、明はどこから揃えたのか分からない程真っ黒のスーツと真っ黒のサングラス、腰にはエアガンを携え、本当にSPのような格好で常に俺をガードしようとしていたので、俺は存分に呆れた。
2、3日間日本で仕事をし、それから、SPのような格好をした明と共に大量のお土産を買い込み、アメリカへと戻った。