君の話 3
「だからね? 的場って言うのがお母さんの旧姓なの。んで、的場叶。『かなえ』じゃなくて『かな』ね」
「うん、まぁ……うん。――…それで?」
ホテル1階ロビーに設置されている1人用ソファに腰掛けながら、テーブル奥で同じデザインのソファで嬉々とそう話す叶を、明はどんよりとした顔で見ていた。
お、……おお、久しぶり。じゃあこれから俺日本観光行くからバイバイ。
明がそう言うと、ぐいっと腕を引かれた。ギラギラとした目つきは、昔明を見ていた目つきと全く同じだ。
「そうやって逃げないで」
「俺が逃げるような事してたのはどこのどいつですか?」
「逃げるからだよ。明は昔からそう。私の話しを聞いてるようで、実際1つも聞いてないの」
「そんな事、」
そう言って止まった。その通りだ。叶と顔を合わせたり話すのが嫌で、どうしても話さなければならない時だって叶の顔も見ないし話しも聞き流していた。
返す言葉もございません。そしてそのまま黙ったままでいると、叶に腕を引かれ、向かい合って座らされた。
「それでって、なに?」
「叶は何で芸能人やってんの?」
「えーっと、2年くらい前にね、友達と『マルシー』歩いてたら、今の事務所のスカウトマンさんにスカウトされたの。んで、このドラマが私に取って初めての名前があるキャラ!」
なんとも、神様とは残酷な物だと明は思った。
――あぁ、ノーラ。神様を信仰するのはもうやめようよ。
そうやって、今まで出会った中で一番神様と言う物を信じていた女性へ向けて念を送る。
10年の歳月を越えた再会は、明にとっては全くとして願わない奇跡だった。その1番の理由が、今目の前にいる女の子にされたストーカー行為が、トラウマとして植え付けられているからからだ。誰よりも突飛的な事や面白い事が大好きな明が唯一抱えるトラウマは、どうしたって拭いきれない。それくらい、当時は恐怖の日々だった。
「明。私明が好き。今度こそ付き合ってください」
突飛な事が大好きな明は、その突飛な言葉に固まった。
「付き合っている人がいるの?」
「いや、いるって言うか、えーっと」
「はっきりして。じゃないと私、明をアメリカには帰さない」
勿論ジョークだとは分かり切っている。こんな小娘1人でそんな事できるとは到底思わない。しかし、ジョークだとしても、面白い事に目がない明は、唇に笑みの形さえ作ることが出来ない。もしできたとしても、それは笑っているのではなくて引きつっているだけ。
「はやく。答えて。解答まで、5秒前ー!」
いきなり始まったカウントダウンに、明は唖然として顔を上げた。
「4ー!」
彼女がいると言おうか。しかしそれじゃあこの女は地の底までその彼女について問いただしてきそうだ。
「3ー!」
じゃあいないと言うか? しかしそれじゃあこの女は地の底まで自分と付き合えと追い詰めてきそうだ。
「2ー!」
なんと言おうが絶望。どうすればいい、どうすれば!
「1ー!」
あぁ、もう! ちくしょう!
「0ー!」
「付き合っているやつはいるんだ!」
「…………だれ?」
明がそう言うと、叶は背筋が凍ってしまいそうなほどに冷たい声を出した。口は薄らと笑っているが、目は笑っていない。明は叶に相当な怯えを見せながらも、口を開いた。
「えーっと、さ。ほんとに、言いづらいんだけど。いやほんと。ジャパニーズはそこらへん偏見強いって言うし……」
「なぁに?」
そして明は、心の中でその人物に謝る。
――名前を言わなければ俺が地の果てまで追い詰められるんだ! 俺もできれば言いたくなかったよ!
精一杯の謝罪と、精一杯の言い訳を心の中でしながら深呼吸一つ吐いた明は、そのまま。
「俺、昔から男も興味あって…。今は、お、おお、男と付き合ってるんだ」
「……は?」
「い、……市川先生と付き合ってるんだ」