プロローグ6
物語の主人公は、女の子。これは本当に決定事項で、昔の俺に出来なかった事を、この子はよく忠実に再現してくれた。女の子は俺とは違って、物事を伝えるのが苦手で、それでも想い人に頑張って想いを告げてくれる。そんな感動的な、ありえない話し。
最終的にはハッピーエンド。俺には出来なかった事を、本当によく再現してくれた。もしかして俺かあいつのどちらかが女の子で、そしたら、世の中はこの小説みたいに、俺達をハッピーエンドに導いてくれただろうか。
「……くせぇー…」
昔の自分は、本当に子供全開で、夢ばかりを描いていた。それでも決断するべきところはしているし、人間の心理と言うやつか。
「……」
PC画面、封印したはずのその小説画面を開き、ため息をついた。文章も構成もまだなってなくて、これが本当に出版社に絶賛された物なのだろうかと、少しだけ呆れた。マウスをちょいちょい動かし、文章を下へ下へ流していく。
「『絶対的なさよならなんて無ぇよ』……って、」
あるっつの、バーカ。
棗の性格によく似た主人公の想い人の台詞にイラついた。元はと言えば昔の俺が書いた文。なので、昔の俺にイラついた。
本当なら、もう今すぐにこのデータを消してやりたい。この世から抹消して、そしたらこのイラつきも多少消えるんじゃないんだろうか。それでもこの複製データが国境を越えて日本にある。消したって、イラつきも何も消えない。
「どうすりゃいーんだ……」
博打打ちは最初から嫌いだった。何事にもマニュアル道理にやる事の方が好きで、それが俺に一番あってるやり方だとも思っている。昔から。
明のくれたプレゼントは、俺にとってはある意味大きな壁。日本から米国に来て、そしてまた、米国から、日本へ。数年が経っている。そりゃ何も変わってない事なんて、あまりにも少ないだろう。そんな中で更に博打なんて、自ら地獄に向かっているだけのようにも感じる。
「でもな……」
俺はこのまま、何もやるたい事もなく、アメリカで暮らし続けるのだろうか。院に入って、無難なサラリーマンに就職して、それから?
『お前ももっと砕けた生活してみろって』
明の言葉が、脳を過る。
「また、……選択…」
人生は選択の繰り返しだと、エマが言った。いい加減、飽き飽きした。その選択毎に真剣に考えなければいけないなんて、俺はこの残りの人生で、後何千、何万回の選択をしなければいけない。
1回くらい、砕けた選択をしてみてもいいんじゃないか、とか。1回だって真剣に考えなきゃいけない、だとか。
「……」
もう分からなくなってきて、頭を抱えた時だった。
「壱ー!」
見覚えのある声に、ふいに後ろを振り向く。いきなり顔面にぼふっとした感覚がして、またか……と嘆息した。
俺の妹。
「うわー壱のエッチ―! 妹の胸に顔付けちゃってー」
そう言いながらゲラゲラ笑うその顔に、羞恥心も怒りの一つも無かった。
「唯子、……もう少し羞恥心てのを…」
「おじさんの説教はいいです! ……って、…何それ、小説?」
しまった、と思った。
俺の昔の恥ずかしい思い出が、しかも実の妹にこれを見られるなんて……。そう思った途端に、俺はさっきまでの会話を思い出す。
これはもう日本に持ってかれた。明にだって見られてる。それじゃあもう、開き直るしかないんじゃねぇんだろうか。妹一人に見られたからって、もう何かが変わるわけでもあるまい。失うものはもう無いような気もする。
「俺が昔に書いたやつ。あ、読むなよ? これ、明が出版社に送りつけちゃったんだよ」
しかもそのまま俺氏名で。
そこまで言うと、唯子の目が急に見開き、キラキラと輝きを放ちながら俺を見つめた。
「えー! それでそれで?!」
結果はどうなっているのか、それが知りたいんだろうと、俺はさっき明からもらった黄土色の封筒をう唯子に手渡した。
厳重に封されていたそれは、俺によってもう厳重の『げ』の字も無い。出来るだけ丁寧に封筒から書類を取り出した唯子は、しばらく少しだけ静かになって、それからまた声を張り上げた。
「すっごーい! 壱凄いよこれ! お母さんっ! おかあさーん!」
唯子が大声で母さんを呼んだので、俺はぎょっ、とした。急いで唯子を止めるも、一足遅く、唯子の声を聞き、何事かとアセアセとやってきた母さんの姿をこの目に移したとき、これは大事になってしまうかもしれないと、そう確信した。