君の話 2
「…それから?」
「ん?」
「え、それだけ?」
明が神妙な面持ちでそう言ったので、俺はあんぐりしてしまった。今までめちゃくちゃ運動してました、みたいな量の発汗と、俺には理解出来ぬ不安。
簡単に言ってしまうと、ただの幼馴染だ。その中のどこに不安になる要素があるのか。
「あぁ。これもさ、壱とナツみたいで、なんとも話しずらい関係なんだよ」
幼馴染って言葉じゃ片付かない関係ってどんなのだろう。
「そっか。まぁ別に話さなくてもいいよ」
「あ、いや。話すよ」
そう言って、明は先程再開した的場叶という女の子との経緯を話してくれた。
*
壱と棗の居る部屋から財布一つもって部屋を出た明は、今からどこに行こうかと考えていた。アサクサも良いし、シブヤも見てみたい。まぁ実際、産まれて15歳まで日本で暮らしていたというのは事実なのだが、住んでいたところは東京から遠く離れた場所だったので、行ければどこでも良いと言うのが本心だった。
久々に時間通りに来る地下鉄も乗りたいし、久々にアンコも食べたい。実際のところ、近くのコンビニに行くだけでも満足出来るだろう。
そんなこんなで、フラ~っとホテルから出ようとした時、その声は聞こえる。
「……アキっ!」
女の声は確かにその名前を呼んだ。壱と同じく、自分を下の名前で呼ぶその人物。足を止めた明は、ふと考える。東京に自分の事を知っている奴はいないだろうし、『アキ』って名前はフルネームがそれでも、ニックネームでもたくさんある。
「ひーと違いー」
止めた足を再度動かす。
「待ってよアキっっ!」
その声は、まだどこかの『アキ』を探している。しかし、人違いだとしても同じ名前。何度も自分の名前を呼ばれるのは何となく居心地が悪いから、さっさと『アキ』とやらを見つけて頂きたい限りだ。
「無視しないでよ! アキってば!!」
――さっさと見つかってやんなよアキさーん。
何て思っていると、思い切り自分の背中に何かが当たった。
「んあ?」
猫でもタックルしてきたような軽い感覚だ。ホテルに猫何かいるのか? とか、迷子かなんかかなー? とか思って、振り返った。
「……」
「アキっ!」
先程からどこぞのアキさんを探していた声だ。そしてそこには自分の背には小さすぎる身長の女の子。一般人にしてはかなり可愛い。そして、見覚えのある顔だ。
「あれ……君、さっき会見にいた…的場……叶?」
あぁ、可愛いわけだ。と明は納得した。先程、壱が出た会見で妙に緊張してところどころで声が上ずってた女の子。そしてところどころ噛んでたのがヒロインの女の子だ。
――それよりも…。
「えぇ、君。なんで俺の名前知ってんの?」
「ちょっと待って、私の顔、忘れた? 忘れちゃったのアキ?」
――えへぇ? 誰? 誰? 背が小さい女の子。そんな知り合い俺にいた?
明はそのまま誰だ誰だと考えて、それからハッ! っと女の子を見た。
「も……もしかして、キャシーっ!? お前どうしたんだその顔! 整形しちゃったの!? あんなに日本人の顔は平で嫌だって言ってたのに!」
「……キャシーって誰!? 付き合ってるのっ!? あんなに私はダメだって言ってたじゃん!」
「え!? キャシーじゃないの? 私はダメって……。あぁっ! ナンシー!?」
思い出せばキリがない。それから数名の名前を挙げてみるが、尽く否定される。
「じゃあ誰だよっ!?」
ホテルのロビーのど真ん中でする名前当てゲームは、その女の子が自分の名前を明かして終了となった。
「高橋叶!」
「……は?」
「私だよ、…明」
思い出した?
その名前には、確かに聞き覚えがあった。高橋叶は昔、まだ日本に居た時に――。
「あ、…っあ!」
隣の家から双眼鏡で盗撮したり。
弁当を食べた後の箸を盗んで舐め回したり。
オナニーする時間、仕方から後処理までを全て熟知していた。
「ストーカー……!」