見知らぬ穴 5
な、なんなんだこいつ!
「お前、一回、自分の顔、鏡で見たほうがいい……」
「あ?」
あれからどう過ごしたらこんなに脳味噌お花畑になるんだよ! と、俺の上でモサモサと動く棗を精一杯に制しながら思った。
いや、変わった変わったとは思ってたけど、ここまで変わられると調子が狂う。俺も結構考え価値観変わったとは思ったけど、こいつは俺の非にならないくらいに180度変わった。
第一、先程まで俺に散々大声で色々と言っていたのに、結局その顔で全て崩れ落ちてく。
「なんつー顔してんだ」
「綺麗だろ」
「……いや、本当に、やめろ」
「今の俺の性格なんだから、無理な話だな」
や、性格の話じゃなくてだな。
そんな顔で笑わないでくれ。全身全霊で俺のこと好き、みたいな顔すんのやめてくれ。そんでもって、その俺の体まさぐる手つきもやめてくれ。
別に流される気はさらさら無いんだけど、お前、力強すぎだよ馬鹿。
Yシャツをボロボロにされ、あらわになった俺の肌を、棗の舌が這う。生暖かく、柔らかいそれは何とも言い難い感触がする。
「やめっ……」
やめろと言おうとして、それもやめた。先程からやめろとは言っていたが、こいつは止まる気配もクソも無いし、今言ったって何かが変わるわけもないだろう。
かと言ってやすやす流されてもたまらないので、棗への抵抗はやめない。
「き、もちわる……」
「すぐ良くなる」
「ふざけん、なっ……ん、っうっ……」
「だから諦めろって」
ふと、おかしな会話を数回交わしながら昔を思い出した。高校の、文化祭の時の事だ。あの時の状況は、このおかしな会話よりもおかしかった。なんせ俺は自分のイツモツを棗にさらけ出し、挙げ句の果てに男2人にはどうしたって狭苦しいシングルベッドで一緒に眠ったのだ。
思い出作りとしての1ページに過ぎないと、もしかしたらあの時の俺はそう思っていたのかもしれない。でも、今のコレをその時と同じ1ページとして捉える事が今の俺には出来ない。だってこれはきっと思い出にはならないだろうから。
しかし、そんな俺1人の拒否だけではどうにもならない事態だ。筋力や執着心その他もろもろ、俺より遥かに郡を抜いている棗を、どうやって止めるべき何だろう。棗よりも容量の良い頭で解決策を考えるが、どれもパッとしない解決策だ。
もっとこう、…行為を辞めざるを得ないような……。
「――…! …!」
誰かの声が聞こえる。どこから聞こえるかわからないそれは、妙に馴れ馴れしい……。
「…ちっくーん! 壱ー、開ーけてー」
「……」
これオートロックじゃん!つーかピンポンおすのどこだよー?
間抜けた声。だが自分と同じ成長期を終えた男の声。
「明……」
一応少しは高級なホテルのはず。防音対策はされているだろうに、小さくだが聞こえるその声がいかに大きいかが伺えた。
俺とはワンテンポ遅れてその声に気づいたらしい棗は、俺の体を徘徊する手を止め、随分と不機嫌な顔でこちらをみた。
「おい。日本観光いくんじゃ無かったのかあいつは」
「いや、……コロコロ気が変わる奴なんだ」
例えばいきなり大学辞めたり、いきなり俺について来たり。
興ざめだと言わんばかりにのそりと俺の上から体を避けた棗を見て、心の中で明に賞賛と尊敬の意を唱えた。こんなに明に感謝したのはいつの事だったか。
「開けなくて良いのか?」
何故かはだけているワイシャツを着なおしながら、凶悪な顔をしている棗。
「……開ける」
開けるけど、お前あまりその顔テレビで晒さない方が良いよ。警察が職質かけにスタジオまで来てしまいそうだ。