見知らぬ穴 4
まるで戦争でもみているようだと、誰かが呟いている気がした。
「んっ……む」
息を吐く隙間から入り込んだ俺の舌を追い出そうと、対抗を示す壱の唇から声が漏れる。構わずにもっと、もっとと深くまで舌は口の中に食べられていく。
コーヒーの苦い味と、懐かしい暖かさ。それを感じた頭がフワフワした瞬間に、ガリッと言うような音が聞こえた。
血の味がする。
どんどんと広がって、壱と俺の唇に充満していく。どっちの血だ。いや、どっちでも良い。そんなことを無視してなお、戦争は続く。その最中に、段々と舌にピリピリする痛みを感じて、あぁ、俺の血だ、と思った。
ずっとこのままキスしていても別段構わなかったが、いい加減俺の下に敷かれるコイツが辛そうだったので、ゆっくりとその唇を舐めながら顔を離した。
「マズイ」
「もう一回……てか?」
「……? どこのギャグだそりゃ」
「うるせー」
戦争? みたいなキスしてやったのに第一声が『マズイ』なんて言うやつに、ため息が漏れる。もしかしてアメリカでは日常茶飯事にこんなことやってんのか? なんて疑問が出てきそうな程、あっけらかんと俺を見る。
「気は済んだか」
「いや、全然?」
「Are you serious?」
すぐ顔目の前で、苦い顔をした壱が俺の分からん英語を円滑に喋る。発音が良い以前に、俺は最後の単語の意味さえ分からないので、とりあえず適当に頷いてみる。
「……イエス?」
「適当に言ってんじゃねーよ」
「英語はわからん」
「じゃあいいよ、離せ」
「嫌だよ、断る。」
その返答にさっきよりもっと苦い顔になっていく壱を見て、深くにも笑みが零れた。
「何笑ってんだテメー」
「あ? いや、可愛いなと思って」
そんなことを、俺が平然と言ってのける。
「は? え、何。お前、なんなの」
「なにが」
苦い顔がいっぺん、目を思いっきりまん丸く開いて、その目にはっきりと俺の顔が映る。
そこで俺は気がついた。
まるでそこに女がいるかのような態度で、さも当然のように。だけど相手は男。そんな状況で、『可愛い』なんて言ってしまった。
壱を組み敷いた時にぐるぐるに巻きつけた気は、いとも簡単に解けてしまったみたいだ。
「ぶあっははは!」
笑いが止まらない。
「な、なんだよ!? 狂ったか?」
「んなわけねぇだろ、はは」
駄目だ、やっぱり。
いくら役に入り込んだとしても。
平然とした態度を繕ったとしても。
「壱お前、ほんとに諦めた方が良い」
「???」
「好きだ」
俺はコイツが好きだなぁ。