Hey,my dear *** 4
「なんて顔してんだ? 壱。お前のオトモダチなんだろー?」
――だから俺のいる前で仲良さそうになんかしてんじゃねぇよ。
なんて、口に出さないままそう思った。以前としてひょこっと顔だけを出している壱はその顔の険しさを変えない。
「別に、友達ってわけじゃ……、いや、知り合いっちゃ凄い知り合いなんだけど……」
その「凄い」ってのはどういう意味だろうか。
「友達じゃん! 俺2、3時間程ニッポン観光してくるから、楽しめよ」
「え!? いや、……いや! ここに居ても大丈夫って言うか…」
苦笑いをしたように壱がそう言う。様子を伺うように俺の目を見た壱が、その苦笑いから一気に冷めたような青ざめた顔になった。俺が今にも誰か殺しそうな顔で壱を見つめていたからだろうか。
――こういう時の演技力ってのは効果絶大な……。
それでもその顔の中には「ふざけんな」っていう俺の感情も含まれているのだけれど。
「だからな……? 別に一人で行かなくっても…明日一緒に行ってやるから……」
壱のいる部屋から微かにコーヒーの匂いがする。
「え? でも――」
「だ、大丈夫だから」
どうしても俺と2人きりになりたくないらしい。
――…お前はいつからそんな臆病になったんだ。
このままじゃラチが開かない。それどころか壱とコイツと3人で楽しくおしゃべり会に発展しかねないだろう。そんな事は死んでも避けたいので、俺は痺れを切らしてズカズカ音を立てながら壱の元へと近づいた。
「あー、そうだよなー。別に3人でも良い」
役者らしからぬ棒読み。そんなことを言いつつ近づいてくる俺を見て、壱は固まった顔を給湯室へと引っ込めた。閉めようとした扉を壱よりも早い動作で封じ、中へと入って言った。
部屋に兵藤だけを残し、扉は閉まる。
「っ……」
さっきの部屋よりも、コーヒーの匂いが濃い。
壁に背をくっつけたまま俺を睨みつける壱に、構わず近づいた。
「な、んだよ…」
「別に俺は構わないぞ」
「は?」
「俺とお前の関係を、あいつに言っても別段関係無い」
「お前、そんなことしたら……!」
やけにプライドの高いコイツのことだ。そんなことは絶対に許さないだろう。
「『そんなことしたら』なんだよ?」
「お前が終わるぞ…」
お前が、か。
「違うだろ?」
壱のネクタイを思い切りこちらに引っ張って、息がかかるほど顔を近づけた。
そうして小さく呟く。
「お前も、じゃねぇか」
顔を背けた壱が、困ったような顔をした。
「……やめろ」
何とか振り絞るようにして発したそれは、俺の声よりも小さく、顔を近づけているからこそ聞こえたんだろうと思う。
「2人になったら、アイツには聞かれねぇぞ」
「わっ、…かってるっ!」
俺の手を振りほどきながら、やけくそに給湯室から出ていった。ボソボソと会話の声が聞こえる。アイツと何かを話している様子。
ゆっくり2人のいる部屋へと戻って来ると、兵藤はここから出て行こうとしている様子だった。
「お前、財布だけってどうなんだよ。バッグくらい持ってけ。コンビニ行くんじゃないんだから」
「ん? あー、別に良いよ。俺最初から重い嫌い」
「そーだな……。飽きたら速攻帰ってこいよ?」
「うん。お土産買ってくるから楽しみにしとけ! んーっと、そちらさんも、壱の事よろしくお願いします」
「……はぁ…」
そんな気ままな言葉を並べながら、兵藤は部屋から出て行った。