Hey,my dear *** 3
完全ではないけれど、80度くらい開かれた扉の見て、俺は絶句してしまった。
「あれ? ……さっき会見にいた…」
市川先生事、壱とは大きく違うその顔や体格。さっき、壱と親しそうに戻っていったあの男だ。
どうしてこいつが、壱の部屋にいるんだ。
「私は、ナツのマネージャーをさせてもらっている、山崎、と言うものです」
少々戸惑ったザキさんは、スーツの胸ポケットから自らの名刺を丁寧に差し出した。それを片手で軽々と受け取ったそいつが、まじまじとその名刺を眺める。
「…失礼ですが、あなたは?」
「……」
男はザキさんの言葉に何かを考えるように数秒間固まり、何かに気がついたように「あぁ!」と声を荒げた。ここが高級なホテルでなく、ドアが薄い物であったならば、間違いなく苦情が飛んでくるだろう。
「俺、市川先生のマネージャーの兵藤と言います」
「ま…まねーじゃー?」
「はい。マネージャーです。あ、すいません。俺名刺とか持ってなくて……」
名刺も無く、敬語もままならない。……鮫島よりも酷いぞ。
そんなことを考えながら、ふっと、『さっきも確かいたなー』とか、余計な事が片隅によぎった。
「えとー、どんな要件で……?」
「すみません、そうでしたね。ここに居るナツが、市川先生と同級生でして、お話がしたいと」
「あー! 言ってましたね、言ってました! どーぞどーぞ、お入りください」
またも絶句。
コイツのこの軽さはなんなんだ。
「は、へ……いいんですか? 市川先生に許可とかわ……」
多分、ザキさんも俺と同じ事を考えているのだろう。同じマネージャーを名乗っている分、俺よりもザキさんの方がずっと複雑だろうな。
「この後何も予定無いんで、大丈夫です。それに、明日から打ち合わせ打ち合わせで、帰るのは明後日だったかな? 今以外会える時間もないし、いいっすよ」
まぁでも。それでも。今の俺には、こいつの軽さが物凄くありがたい道だった。なんせ、逃げようもんなら犯す。なんて数分前に堂々と思っていたくらいだし。
『断る』なんていう、まるで門前払いのような逃げ道が絶たれただけでも救いだ。
「ザキさん、俺多分長くここに居ると思うから、付き合わなくて大丈夫だよ」
「え? でもお前……」
「すっげー久しぶりだし、男同士長話しになるだろーから」
「そっか、分かった。あんまりハメ外さないように。明日は10時から浅羽眼鏡店のCM。いいな?」
「了解」
俺の返事を聞いたザキさんは、兵藤とか言う壱のマネージャーに一礼してその場を去って行ってしまった。何故だかしらないが、ザキさんの背中が見えなくなるまで、ソイツと2人で廊下を眺めていた。いなくなってから、バッチリと目が合う。
「……どうぞ?」
ドアをさっきよりも少しだけ開いて、部屋の中に俺を招く。
「ども…」
それに何となくお礼を言いながら、すーっと溶け込むようにその部屋の中へと入って行った。
入って一番最初に見えたのは、まぁさぞ高級なのであろう花の入った花瓶とか、額縁。そこで改めて認識し直した事といえば、壱が大層大事な作家さんだと大切に扱われている事。
こんな高級なとこ、ベテランでも無い奴がそうそう泊まれるわけもない。
長い廊下を抜けて、明るく広い部屋へと出る。
壱はいない。
「あれ? いちー。どこいったー?」
その『いち』が指すものが、市川先生の『市』なのか、はたまた『壱』なのかは明白だが……。
――こいつ…マネージャーの癖になんでそんな親しそうに話てんだ。
「あ、ごめん。コーヒー入れてる。明、すげーぞここ。小さいけどキッチンみたいなとこある」
どっかの部屋から、そんなのんきな壱の声がする。
『明』? 『壱』? こいつら、下の名前で呼ぶほど、なんでそんな親しいんだ?
沸々と湧き上がる怒りや疑問が入り混じって、自然と手に力が入る。無意識に拳となった手が、微かに震える。
「壱、お客さん」
「客? 誰?」
かちゃっと開いた扉から、にょきっと壱の頭が飛び出て来た。
「へっ……、――っヒ!」
ほけっとした顔が、俺を認識した瞬間に、ゲテモノでも見たかのような顔に変わった。
「なんで、……お前っ」