Hey,my dear *** 2
なんとなぁく、一歩遅かったみたいで、俺とザキさんが編集者にアポを取る時にはもう、壱の姿はそこに無かった。
「え、市川先生にですか?」
何やら先で編集の人とザキさんが話しているのを流し見で聞き、様子を伺う。
「いえ、この後は特にありませんが、はい、……えぇ」
心臓の音がうるさい。胸近く、スーツをぎゅっと握ると、何故か知らんが息が震えた。これがどんな感情なのか、なんとも言葉にしづらいものだった。
「……はい、はい、分かりました」
じっとその場でやりとりを見ていると、話が終わったのか、お互いペコリと会釈をして、編集の人は急ぎ足でその場を去っていってしまった。
「……ナツ」
不思議に目を凝らした俺を、終えたザキさんが呼ぶ。
「アポ取れたぞ」
さっきよりも、心臓の音はうるささを増した。
少しだけ気持ち悪いくらい。
「編集さん、これから急いで会社戻らなきゃいけない見たいだからルームナンバー教えてもらった。行こうか」
「あぁ、……」
部屋番だけ教えてもらって、後は一人で行くと言うつもりだったけれど、よく考えてみれば、あいつは俺が一人で来たと気付いた瞬間に部屋の扉を固く閉じるだろうと思った。
最初のあの反応だ。
推測はきっと間違いない。
「でも凄いなぁ」
「……何が?」
歩いている途中に突然ザキさんがそんなことを呟いたモンだから、俺はちらりと見返しながら聞き返した。
「だって、高校の時にアメリカに行って、それからこの業界での再会だろ? しかも全寮制の相部屋だったって。……偶然ってあるもんだなー」
「そー、かな。」
偶然。そうだな、偶然。
周りから見れば、きっと偶然か奇跡。そうとしか思えない再会なんだろう。それでも俺には、必然としか思えなかった。
この再会での奇跡と言えば、壱が小説を書いて、それが映像化って事くらいだろうか。あいつは何だって出来るから、編集さんに見初められるのなんか、ただの朝飯前だろう。その主人公のキャスティングに俺が器用されたってのも、そもそもそのモデルが俺なのだから、まぁまぁ必然。薺がそれの全てを知っての器用なんだろうから、またまた必然。
この再開は、必然以外の何者でも無い。
きっと、俺と壱の両方を良く良く知っている人間ならば、誰しもそう思う事だろう。……壱はどうだか知らないけれど。
「それにしても、市川先生カッコイイなぁ。あの容姿であの大学だろ? しかも小説も書けるって、……天才じゃん。昔からそんなんだったの?」
「昔からだな、大体の事出来てた。まぁ、少しマヌケてたけど」
「はは。想像付かないなぁ。全部完璧っぽい」
あんなんだって、喜怒哀楽の感情表現が誰よりも豊かだった。泣くし笑うし怒るし。
「良かったなぁ、ナツ。お前、すっごい嬉しそう」
「まぁ。……嬉しいな、確かに」
嬉しすぎて、脈がはち切れそうだ。
――どうやってあの後書きについて吐かせてやろうか。
「ここだ」
頑丈そうな扉の前に辿りついた。この中に入ってしまえば、社会なんて関係ない。俺と壱の、2人だけ。
「(逃げんじゃねぇぞ……)」
「(そうしたら、俺は何しでかすか分かんねぇ)」
ザキさんが部屋のインターホンを鳴らす。少しだけの間。
それからガチャリと音がして、ゆっくりと目の前の扉が開かれていった。
「(逃げたら絶対に犯す!)」