プロローグ5
差出人。
「ほしぞら……出版創社…?」
「あー、それ『ほしあき』って読むらしいぞ。俺もこないだ知った」
星空出版創社。
日本語で書かれているので、おそらく日本の出版社何だろう。そもそも何の接点もない向こうの出版社からの封筒が俺へのプレゼント? なんて、少しだけの不思議がそれ以上の疑問を呼んだ。
厳重に封をされたそれを、ゆっくりと開けてみる。中に入っていたのは数枚の書類と、パンフレットのような薄い本。その書類の1枚を手に取ってみた。署名記入欄や、押印欄。まるで、いつもどこかで見るような、契約書、みたいだった。
「なんだこれ?」
契約書みたいなその紙を明に手渡す。明はその紙をまじまじと見た後にふん……と鼻を鳴らした。
「早いな。さっすが壱」
「は? 何言ってんだ。俺何もしてねぇよ」
「いーから、他のも見てみろって」
促されて他の書類にも目を通してみた。
さっきの契約書みたいなものはやはりそのまんま、契約書のようだった。その契約書の、契約詳細内容が記載された紙が出てきた。その他にも、出版社の地図やらなにやら……。最後の一枚は、ズラっと文字の書かれた物だった。
初めに書かれた宛先は、『有沢 壱 様』
俺。
「……?」
明の言ったように、これは何かのプレゼント何だろうか。今だ意味も分からずに、その次の文頭からを黙読し始めた。
「……」
読み進めていく度に湧き起こる、何かの興奮感。テンションが上がるような興奮とか、そういうモノじゃなくて、こんな事をありえないと、驚き。そしてまだ消えない不思議。
内容は単純にこうだ。
あなたの書いた小説は大変すばらしい作品でした。この才能を我が社で発揮させてみませんか。是非ご連絡ください。
纏めればこんなに簡単に済む内容が、拝啓から草々まで、約40行くらいにびっしりと詰まっている。いや、そんな事に驚いているのではなくて……。
「なんっ……いや。小説って…あれ?」
覚えはある。
それは所謂、思春期の恥ずかしい行動、ってヤツで。
「お前さー、小説書いてたっしょ。自分の家のPCで。それUSBにコピーして、送り付けた」
「……」
俺の恥ずかしい行動の恥ずかしい小説が、明に見られ……いや、明だけじゃなくて、日本の…。
「お前っ! 何やってくれてんだこの野郎! ふざけんなっ!」
怒りは現状を把握した途端、突然にやってきた。
「いや、いやっそんな怒るなって、」
「怒るもなにもなぁ! 俺がガキの時に書いたあの恥ずかしい文章がお前だけじゃなくて日本の奴等にまで見られて……。国境超えるって……なんつー…なんつー壮大な……プロジェクトX…」
言葉を吐きながら怒りをぶつけるのも嫌になってきて、俺はテーブルに額をくっつけて泣いた。自分でも何を言っているか分からない。
「あー……恥ずかしい。ホントねぇよ……俺これからどうやって生きていけば……し、…もう死んだ方がいいのか?」
「え、そこまで……。つーかさ、その『恥ずかしい文章』が……」
「恥ずかしい文章とか言ってんじゃねぇ!」
余計恥ずかしい。
「最初に言ったのお前じゃん! ……あー、てか話しを最後まで聞けっ。昔書いたその恥ずかっ……人に見られたくない小説を人に見られて、そしたらその小説が評価されてんだぜ」
「……」
褒められてるのか、慰められているのか、もうよく分からなかった。
「お前、来年卒業だろ? 特にする事も無いんなら、この出版社の言う通り、才能発揮させよーぜ?」
「才能発揮ったって……それ書いたの、こっちに来てまだ少しくらいの時だぞ…もうそんな才能……なんて残ってねぇしそれに、そんな博打打ち…」
「才能なんて衰えるだけで消えやしねぇよ! 衰えてたってまた元に戻るもんだっつの。それに、さっきも言っただろ、お前ももっと砕けた生活してみろってよ」
俺くらいはやりすぎかもしれねぇけど、と補足。
「博打だって、当たりゃ大儲けだし」
「はずれたら?」
「まだ若いんだし、大丈夫!」
『若い』なんて理由が、俺に通用なんてするかよ。
「……」
それでも親指をグッと天井に突き立て、そう明は笑った。