或る愛の価値感とは 4
今この記者会見を見ている人の中に、俺や壱を知っている人物が、幾つ程いるだろうか。日本の総人口が1億と2千万ちょっと。産まれてから生きてきて23歳まで、小中高大学と同じ学校で生活を一緒に過ごしてきた総人数がおおよそ1万くらい。その中でも記憶に覚えられている程仲が良かったのが20人くらい入ればいいだろう。俺の事を片隅にでも覚えてくれている先生は2人か3人くらいと想定。もしかしたらいないかもしれないけど。親は勿論知っていて、弓道をしていたから、もしかしたらその筋の人なら数人くらいは覚えてくれているかもしれない。
そんな計算をしてみたら、俺という人間を知っている人間は20数人。この記者会見を見ている見ていないのどっちかに分けたら、半分くらいの数になるだろうか。じゃあ、今俺という人間を知って、この記者会見を見ている人は、10数人くらい。その中で昔の俺と壱の2人ごと知っている人数は何人だ。単純計算だけれど、多分、きっと、限りなく0に近い数人。
その数人が俺と壱を見て、その数人は何を思う。
「市川先生とナツさん、2人にお聞きします。お2人は同じ高校出身だという話がありますが、本当なのでしょうか?」
「はい、本当です」
壱に否定される前に俺自らマイクを手に取り、TV顔の笑顔でそう肯定する。そんな美味しいネタを肯定されりゃあ次に続く質問は大体誰でも検討がついた。
「お二人は当時から知り合って、仲はよろしかったのですか?」
「はい。僕と市川先生は全寮制の高校にいたので。1年の時は違う部屋だったのですが、2年の半年間を同じ寮部屋で過ごしました。その後すぐに市川先生はアメリカ、僕は転校してしまったので、良い思い出です」
最後の2言に、隣にいる壱の体がビクンとしなったのが分かった。きっと、「転校」って言葉と、「良い思い出」っていう2言についてのそれ。
お前の思い描いてた「俺の感想」と、現実での「俺の感想」とじゃ、0と1の絶対的な差がある事を、お前はもっと思い知るべきだ。
フラッシュの光で、まだまだそいつの顔は良く見えなかった。早く、早くもう一度壱の顔を近くで見たいのに……。
「それでは、ナツさんは市川先生の小説のあとがきの相手を、知っているんですか?」
「……」
ここは肯定すべきか、否定すべきか。多分昔の俺でも、今の俺でも答えは前者と決まっていた筈。それでもその質問の直後に、隣に座る壱の手が、少し強めにテーブルの下に隠れた俺の太ももを叩く感触がした。……否定しろって事だろうか。
さっきの復讐がてら肯定してやろうと企んだけれど、さっきの雑誌インタビューで「知らないから市川先生に聞いてみますよ」的な事を言っていたのを思い出した。ここで「はい」と答えてしまえば、あのインタビューの記者はこの記者会見を見て口をポカンと開ける事だろう。
「いいえ、知らないです。僕も気になっていたので、むしろ市川先生にみっちり聞きたいくらいです」
そうやって、市川先生様の望み通りの否定をしてから意地の悪い笑みを浮かべてやった。フラッシュの隙間から一瞬だけ見えた壱の唇は、震えていた。
多分、怒り。
あぁ、本当にもう。早く早く、コイツを抱きしめたい。
或る愛の価値観とは、ただソイツを抱きしめたいってことだけ。




