或る愛の価値観とは 2
眼鏡をかけニヤリと笑う棗は、それからすぐにまたさっきの無顔に戻った。なんなんだと思うような、その切り替えの早さに、少しばかりの嫉妬をする。
「ほら、行くぞ」
進行役の人の『それでは、ご登場いただきます』なんて言葉が会場中に届く。確かコイツはリハーサルなんかしていない筈なのに、それでもこの余裕に『あぁ、場数を踏んでる』なんて、またまた少しの嫉妬。そんな嫉妬を隠すように、俺は棗に嫌味垂らしく言ってみた。
「分かってますよ、ナツさん」
余裕を装った、その顔で。
それ以外の顔なんて、見せてやるものか。
「上等だ」
余裕の顔を見た棗は、俺の背中を押して、向こうの光輝く華の世界へ俺と一緒に飛び込んでいった。華の世界は一瞬にしてカメラのフラッシュで更に眩く光る。目がチカチカして、開けづらいくらい。それでも開け続けた。
余裕な顔をして、この第一歩を忘れないよう刻み込む。
監督から順に向こう端に座って行く中で、俺の与えられた席はど真ん中だった。左右には主人公に選ばれた藤原さんと、そして棗。
まだ多少の、棗が隣に居ると言う懐かしさを違和感に感じながら、俺は椅子に腰を落とした。
「これからI Love You.制作記者会見を行いたいと思いますが。まず始めに、ドラマ監督、野中吉竹監督にご挨拶いただきます」
進行役の言葉が間近に耳へと届く。
この記者会見に向けての胸の高鳴りは、やっぱりと言う程に無かった。それどころか、俺の出番は多分もう少し先かな。なんて、余裕さえ生まれてくる。
それでも、記者会見に向けての高鳴りが無くても、隣にいる奴へのドキドキ感は多少程あった。棗にしか合わない役を、見事にコイツに当てはめた監督に賞賛を送りたい程にだ。でも、何故こんなにピッタリとピースとピースが組み合わさったのかが分からない。
運命と言うのなら、これはなんて悲惨な運命なんだろうか。
別れを言う為の作品からの再会なんて。こんな格好の悪い事はないだろう。価値観の相違と言うのは、なんて残酷なものか。
とっくの昔に棗を諦めた俺と、あれからずっと俺を探し続けていた棗。それならもう、あのまま出会わずにいたのなら、いつしか棗も諦めていたと言うのに。何故このタイミングで再会を果たすのか。
「それでは、今回このドラマの原作者である市川有紗先生にご挨拶いただきます」
監督の挨拶から、俺の挨拶へと続く。何と言えばいいのかは本当に良く分からなかったが、思った事をありのまま、そのまま言えば良いと言われたので。
「ご紹介に預かりました。初めまして、市川有紗です。」
俺のその一言に、この会見が始まってから最大のフラッシュが焚かれた。
「今回、私の作品がドラマ化されると言う事になり、ドラマ化を提示してくれた方、進行してくれた方、脚本を書いてくれた方、演じてくれている方、ドラマに携わってくれている方、色々な方々に、感謝を申し上げます」
そのフラッシュの多さに、自分をUMAと間違えてしまう程の錯覚に陥りそうになる。
「この作品は私の初めての書籍であり、その作品が監督の目に止まり、今回ドラマ化になると決定した時には、大喜びしました。このドラマの結末を、より多くの視聴者の皆様に見ていただければ、嬉しい限りです」