無知の自覚 7
『だってほら、あなたはこんなにも真っ直ぐで綺麗だわ。だからきっと大丈夫。どんな迷い事があったって、あなたはちゃんと道を見つけられる筈よ』
違うんだ、エマ。
俺は何だって、いつだって、どんな迷いごとでも簡単な方に逃げ出しちゃうんだ。いつでもそうで、だから、あの日の事だって、ただの俺の『逃げ』だったんじゃないのかって、いつも思ってる。だから、だからね、エマ。
*
「てめぇ、それ本気で言ってんのか」
「……」
「おい!?」
「うるせぇ、大きい声出すな」
さっきの状況から一変し、ピッタリとくっついていた棗の体は引き剥がれ、狭い空間には俺と棗の間に小さな空間が生まれた。
「さっきのは……本気だよ。その前にも言ったろ。俺は女の子とセックスしたって。その子は、彼女だった」
「だった?」
「アメリカに飛んで、最初は、お前との過去をどうすべきか悩んだ。男と男同士で、それは人には話せない物だし、お前はそれを後悔してると思った。お前を忘れる為に……って、最初はそんな気持ちもあったのかもしれない。でも、その子と付き合っているウチに思ったんだ。『あぁ、俺はこの子が好きなんだな』って。思ってからは、お前を思い出す回数は激減した。無いって言っても正しいかもしれない。だからな、だから。俺はもう、お前の事は好きじゃない」
「……」
「その事を言いたかった。もう、二度と会わないと思ってたから。お前だって、俺と離れて好きになった子もいるだろ?」
別に何でも好き勝手に決めてたわけじゃなくて、俺だって自分なりに棗の事を考えていた時もあったのだ。俺がエマと付き合う。それはつまり、棗も違う女の子と付き合っているという確立も凄くあるという事で、そんな俺が、棗に何か口を出す立場じゃ無い事も分かっている。
だから。
「だから俺は、全部終わりにすることにした」
棗の幸せを願う事。
これだけは、何の嘘も無かった。
ただの真実。
「何か文句あるか」
「大有りだ」
いままで俺の話しを静かに聞いていた棗が、間髪入れずに言葉を返してきた。
「お前は頭が良いな」
「そんなん、昔からだろ」
別に、照れる気も隠す気も無い。
そんな風にため息をすると、「茶化すな」とでも言わんばかりの視線を感じた。
「確かに、俺はもう女ともやったし、それなりに経験は積んでるだけどな。俺はお前を一度足りとも忘れた事はねぇし」
その視線は、俺を見据えたまま。
「何処ぞの女と心を通わせた事もねぇ」
そんな事を言ったもんだから、俺は驚いてしまった。
「……っ」
悲しいような、苦しいような、焦りのような。
「そんな事を、お前は考えもしなかったんだな」
辛いような、怖いような、切ないような。
「そこんところ、お前は抜けてる」
憎いような、恐れのような、虚しいような。
「なぁ壱。俺はまだ、」
戸惑いのような、嬉しいような、幸せのような。
「お前の事、好きだぞ」
そんな、感情のわだかまりの全てを、ぶつけられたような気がした。