無知の自覚 6
「な、に……怒ってんだよ?」
久しぶりに覗いた俺でさえ気付くような、分かりやすさ。
「何ってか? そりゃお前、あの後書き見たら誰でも怒るだろ」
いや、あの後書きを読んで怒るのは、唯一お前くらいじゃないんだろうか。
「何か、説明は?」
「あのまんまだ。お前がイラついてるって事は、意図は全部分かってんだろ」
「サヨーナラってか?」
棗のピリピリとした威嚇が伝わってきた。逃げたいが、色々と一気にありすぎてどう行動すればいいか分からない状況だった。なのでとりあえず、顔面数センチのところまで迫ってきた棗の顔と話しを背ける。
「俺が……俺がお前を精一杯に探すために生きてきたってのに、お前は俺の事は考えず、一人で勝手に決めて、一人で勝手に終わらせて。……お前は、俺があの時の事を後悔してるって思ってんのか」
強い力で顔を真正面に引き戻されて、動かす事はもっと困難になってしまった。
棗の目に、俺の顔が写る。
「なぁ壱。俺は昔、言ったよな?」
「何を……」
「『俺のお前への気持ちを、勝手に決めつけんな』って」
――。
「忘れたとは言わせねぇぞ」
忘れてなんかいないさ。だって、1回は受け入れたんだから。
「なのに、何だってお前はそうも勝手に決め付ける」
再会してそうそう、説教されている気分になった。いや、これは別に気分とかじゃなくて、説教なのだろう。
でも俺は、実際に棗に説教されるような事をしたのだろうか。自分で勝手に決めたのはどうかとは思うけれども、でも、今が昔のままで良いはずが無い。
これが俺の結論だ。
「お前、もう童貞じゃねぇだろ」
俺の質問の瞬間に、棗の顔付きが更に悪くなる。鬼のような形相で、眉がピクピクとしている。話しが急にどうでもいい方向にずらされて、イラついてるのは良く良く分かった。
「どうでもいいだろ、そんな話し……」
「俺もしたよ。」
まるで犯罪者のような顔付きが、一瞬にして崩される。その顔があまりにも不思議な顔すぎて、俺には今、こいつが何を考えているのか良く分からなかった。
「……」
「……?」
「……」
それからいきなり黙りこんでしまったから、俺は何を言って良いのかも分からなかった。
「おい…?」
ユラユラと揺れる棗の体に、視線が映る。
「な…、に――」
ユラユラと揺れた体は、今も近い俺との距離を更に詰めてきた。あの時よりも俺の頭1つ分大きい身長に、砂糖1粒くらいのイラつきを覚える。不思議とまだまだ近くなる体と顔に角砂糖1つ分のイラつきと。
「な、つ……っ!」
砂糖1袋分の熱量と、塩、ドラム缶1個分の不思議。その不思議に苦しい程の塩辛さを覚えて、精一杯に棗の顔を押しのけた。
「んでっ…、お前、なんで、こんな事っ……!」
もう昔とは違う今なのに。
もう俺は、お前とのお別れをした筈なのに。
コイツは俺のお別れを読んだ筈なのに。
なのに――。なんで…。
「なんでキスなんかすんだよ!」
「俺はもう」
「お前の事は、」
「お前の事なんか、」
「もう、好きじゃないんだよ……!」