無知の自覚 5
お茶目な言い方に、殺意が湧いた。
それでも、「あぁ、そうか。」なんて、一発で理解出来ちゃうわけだった。
『すごく役にピッタリなんですよ。ここまでピッタリとあったのは、本当に珍しいです』
あの編集さんの言葉、気になって気になって、ありえないと言い張り続けた結果がこれだ。合うわけだよ、だって。
「モデルが、そのままその役をやっちゃうんだもんなぁ……」
あの時のままの強情っぷりは、顔付きが変わっても変わらないんだな。
「あ? 何言ってんだ。つーか、早く出てこい。顔見せろ」
「お前がいなくなったら出る」
「なんでだよ?」
どうしたって、心の準備をしていなかったから。いきなりの再会なんて、嬉しいものなんかじゃない。
「良いから、会見行け」
「お前も行くからここに居るんじゃねぇのか」
その通りだよ! でも、もし会見の時に顔を合わせるからって、今見たいわけじゃない。だから、さきにそっちに行ってくれれば願ったり叶ったりなんだけれども……。
なんて思っていたら、トイレのドアがガタゴトと意味の分からない音を立てた。不思議に思っていると、何故だか俺のいるトイレの一室が、何かに塞がれているみたいに暗くなった。
「んなっ!? な、っ何やってんだお前!?」
ふいに上を見てみると、何故だかあたり前のような顔をしたそいつが、上にいた。
「何って、お前がいつまで待っても開けなさそうだったから。俺の方から行ってやろうって思っただけだ」
そんな、平然と……。
「思っただけじゃねぇよ。お前、常識ってモンを考えろ」
どう言っても、多分コイツは降りて来るんだろうな、なんて思って、大きな声を出すのを止めた。そんな俺の最善の配慮を組み取ったのか、棗は何の躊躇もなくこちら側へと降りてきた。
更に狭くなってしまった、男子トイレの隅の一室。
――最悪だ。
何が最悪って、全てが。
「近いよ、お前」
「狭いんだから仕方ねぇだろ」
「そっちまだスペースあんだろが」
ぐいぐいと体をこちらへと寄せてくるそいつを、手で軽く押す。
心臓の動きが早くて、ツキツキと痛い。何故こんなにバクバクと活発に動いているのかは、よく分からなかった。嬉しさでは無いし、悲しみでも無いし。
じゃあ、何なんだ。
「それくらい良いだろ。……やっと、やっと見つけたんだから…」
そんな安堵の表情が目の前近くにあって、俺は少しだけ言葉に困った。それに、その表情は、安堵が全てじゃなさそうだったので。