無知の自覚 4
『俺が絶対見つけるから、お前のこと。死んでも見つける』
『死んだら意味ないじゃん』
『死なないように頑張る』
あの日の、あの時。空港で別れ際に話した言葉の数々が、俺の目の前に降り注いだ。死んでも見つけると言ったそいつ。俺は勿論それを信じてはいなかったし、だからこの本をこいつに送ったつもりだったのに。それなのに。
こいつは、立派に目的を果たしやがった。
『行って来い』
自信満々に俺を見送ったそいつは、本当に俺を見つけてしまった。……いや、ほとんど俺から見つかりにいったものかもしれないけれど。
それでも――。
「おい、出てこい」
あの日より数段大人の顔つきになったそいつの顔を、あまりじっくりと見る事も出来なかった。持ち前の運動神経と言うのか、反射神経を惜しみなく使った俺は、棗を認識した瞬間にトイレの一室へと逃げ込んでしまったから。
「壱」
なんで、なんでこいつ、こんなに冷静で居られんだよっ……?
仕方ないとしていた心臓は、一瞬止まって、それからバクバクと鳴り止まない。なんだ、この嬉しくない再会は。
「何逃げてんだ。久しぶりに会ったんだぞ」
俺は会うつもりなんてなかった。
なのになんで。
「なんで、……ここにいんだよ」
「は? ……あぁ、」
棗の言葉に、少しばかりの沈黙が訪れた。
それから何かを言おうとして、息を吸う音が聞こえた。
「お前、市川有紗だろ」
心臓が、ドクドク。
それからまた、なんで? なんて思う。出版されてからまだ数年も、数十年も経っていない筈なのに。なんでこんなすぐに……いや、てか、え?
「あの本、読んだのか?」
「いや、全部は読んでねぇ。ドラマ資料と、脚本の1話から5話まで。あとは……」
あとは、と言おうとした棗の言葉が止まる。トイレの壁一枚隔てた向こう側にいる棗の顔も、よく止まる会話の意図も分からない。
「あと、…なんだよ?」
「――あとがき」
小さく、震えるような声でそんな事を言った。
俺は少し、棗を買い被っていたのかもしれない。そうだった、アイツも俺も、もう20を数歳越していて、立派な成人だった。
「まぁ、あとがき読めって言われて初めて読んだんだけどな。それまで全く気付かなかった」
前言撤回。
やっぱりこいつは文だってまだちゃんと読まない人間だった。わかっていた事だけれど、少しだけ腹が立つ。
「それで? なんでお前がこんなところに居るんだよ……?」
半ば尖った言い方でそう問いた。
「何でって、記者会見」
記者会見?
「ドラマのな」
ドラマ?
「お前のドラマだ」
『ナツさんは今、少し渋滞だそうで、少し遅れているそうです』
点と点が、1本の直線で結ばれる。
「お前、ナツって、もしかして」
「俺だけど? 市川センセ」