無知の自覚 3
「……」
本を、ただ見てみた。
もう読み終わったあとがきを、2、3回…それ以上に読み直す。理解出来るまで、それ以上に。長い長い沈黙だなと思った。きっと記者も、ザキさんもそう思った事だろう。
長い沈黙の中で、自らの心臓の音が漏れないか心配になって、ゆっくりと、本を閉じてみる。
「どうですか?」
記者がそう聞いてくるけれど、俺は本当の事さえ言えない感想しか無かった。
「ふ、…しぎ、ですね」
「どのような感じにですか?」
「市川先生は、この手紙の相手が……これから先、極僅かな確立でしか、この本を手に取らないと、本当に思ったんですかね」
「え?」
「それなら、それは本当に安易な考えだと思いました」
「それは、……どういう…?」
どういう事なのか、なんて全部言われる前に、俺は言葉を発する。
「ありがとうなんて……、それってつまり――」
「?」
記者は分けが分からないような顔をするので、掠れる程小さな声で呟く。
「さよならって事じゃねぇか……」
血圧が、上がる。
あの時のあの頃のように、また。
殺したい程のこの感情が、また。
憎らしい程の愛情が、これほど。
膝の上にある右手が、血管が切れる程に握られる。感覚が無くなる程に痛くて、現実だな、なんて思った。
「ナツさん? 大丈夫ですか?」
記者の言葉に、ハッとして右手が緩んだ。
「いえ、すみません。大丈夫です。そうだ、ザキさん。これから記者会見だよね?」
「ん、そうだね」
ザキさんの受け答えを聞いてから、記者に笑顔を向けた。
「市川先生に聞いてみますよ。真相でも」
「本当ですか? じゃあ答えを聞いたら、是非私にも教えてくださいね?」
「市川先生が良いって言ったらですよ?」
冗談めかしい話し合い。
別に記者のためでも、疑問に思っている奴らのためでも無かった。ただ、俺のために、この言葉の真相を。本人から、――。
「それじゃあ、すみません。今日はもう時間なので」
ザキさんがそう会話を断ち切ると、記者は少し不満足そうな顔をして、ありがとうございました。なんて言っていた。
お礼にお礼を返し、そそくさとスーツに着替えて車に乗り込む。
「ザキさん、早く車だして」
「どうした? お前さっき面倒くさそうにしてたのに」
「気が変わった」
「あとがきの真相でも聞くのか? 珍しい」
「まぁ……そんな感じ。原作って今持ってる?」
「ん、あぁ。俺のカバンの中に確か入ってるぞ」
走り出した車は、会見をするホテルへと向かっていた。
カバンの中からその原作を取り出して、あとがきも何も開かずに、表紙ばかりを眺める。I Love You.と書かれたタイトルの下辺りの作者名に、目を落とす。
思えば、何で気が付かなかったのかと、己の馬鹿さ加減にイラついた。
でもそれ以上に、これ書いたソイツに一番ムカついた。
ドラマ資料に目を通したが、その時話しはいつものハッピーエンドだった。それでもどうだ、あのあとがきのバッドエンド。
お前はそれで終わりで良いってのか。
俺がこうして、お前を見つけるために頑張ってるって言うのに、なんて残酷な終わらせ方をしようとしてるんだ。
なぁ、壱。