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Warmth Melt  作者: みゅうじん。
夏、再会~
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無知の自覚 2

 後悔なんて無いわ。

 だって、あの人はいつだって私の事を見てくれなかったもの。

 プライベート優先の脚本家様がいなくなって、まただだっ広い社長室に静かな沈黙が訪れた。静かに現れたその脚本家は、数分間嵐のように喋って、そして一目散に去っていった。

『今度やるドラマに棗君を出したい』

 最初に話しを持ちかけて来たのは、柴田さんだった。何故棗君の本名を知っているかは謎だったけれど、ここの業界人なら芸能人の名簿を見る事くらいたやすいだろう。その時はまだおおまかな台本を作っている段階で、柴田さんが持ってきたのはドラマの資料と、原作だった。

 恋愛ドラマだと知った時、前のドラマみたいないざこざがまたあるかもしれないと思って断ろうと思ったけれども、無理やりに読めと原作を渡され、今みたいに嵐のように去って行ったのを覚えている。

 読み始めて最初に思った事と言えば、主人公の男の子が棗君にそっくりだったって事だろうか。原作の2分の1を読み終わった事に思った事といえば確か、おかしいって事。

 後書きを読み終わって感じた事といえば、確かな確信。

「断ろうと思ったのよ……」

 原作を読んで、そう、断ろうとした。

 でもそうしなかったのは、その時に丁度、あの手紙を拾ったからかもしれない。

「……」

 鍵のかかった引き出しに鍵を差込み、中からその手紙を取り出して、大きな息を吐く。

 この手紙が届いた時、最初の感想と言えば『小さな子が送ってきたファンレター』程度にしか思ってはいなかった。宛先は、ナツ様。

 いつもはいちいちファンレターの中身確認なんてしないのにどうしてもこの手紙が気になって、大きなダンボールの中に入った膨大な量の手紙の中からただ1つ、これだけを社長室に持ってきた。中身を見て、『運命』とか、『奇跡』だとか、そんな空想上の夢言葉を少しだけ信じようと思った。

「有沢君は、忘れようとしていたのね」

 有沢君が思う、棗君を。

『今日でも、明日でも明後日でも。早い方がいい』

 棗君が私の芸能界の話しを受けた日の事を、今でも忘れてはいない。忘れようとしていない。だからあの時の事は、ずっとこのまま、心の奥底にしまってある。

 私の話しなんて絶対に首を縦に振らなかった棗君が初めて。嬉しさと同時に、悲しみ。だからその時、声は震えていた事だろう。

 その昔、私は棗君の事が好きで、大好きで、でも棗君は私の事には一切振り向かなかった。小さな頃から権力とか圧力とか、そういったものが大好きだった私は、棗君のお父さんをクビにした。そこまでしても、私は彼を手に入れたかったのだろう。手に入れるどころか、離れて行ってしまったけれども。

 不思議な事に後悔は、無かった。

 でも私の何が悪かったのだろうなんて、たくさんたくさん、無い後悔よりもたくさん考えた。そうして分かった。

――あの人と私は、絶対に結ばれない運命なのよ。

 分かってしまって、またたくさんの悲しみ。分かってしまって、足元が真っ暗。

 だから、これは償いなの。

 あの人に対する、償い。

 そう思って、テレビの電源を付ける。チャンネルを移した液晶画面に映るそれは確かに、ドラマの記者会見。

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