帰国から 3
「はい。春樹役に凄いピッタリなんですよ。ここまでピッタリと合ったのは、ごく珍しい事ですね」
「へぇ、それは一度お会いしたいですね」
そんな筈無い、なんて思った。だって、これは俺の昔の話をすっごい脚色して出来たものだから。男を女にして、別れを一生つないで、……だから、春樹は棗だ。
だからこの役は多分、絶対に『竹中 棗』にしか合わない。
「記者会見の時に会えますよ。ドラマ発表と同時に『市川有紗』の紹介ですから。出演者の皆さんいらっしゃいます」
「そうですか、楽しみです」
「さて、じゃあそろそろホテルに行きましょうか」
「はい」
会計は経理に落として貰えるようにしてあるんで、私が払います、と担当の人が言ったので、お金は別にかからなかった。
店から出て、また編集の車に乗り込む。外の空気はやっぱりあっちとは違って、懐かしいけれど、まだそわそわした。風景もアメリカとは違うし、当たり前だけれども、見つける外人は日本人に比べると凄く少ない。
「そういえば、日本語は全然ペラペラですね。あっちに長くいたのなら忘れてる単語もあるんじゃないんですか? 私、観光でしか行ったことなくて、5、6年も住んでいた事無いものですから、疑問で」
「外では勿論英語ですけど、家の中ではほとんどが日本語だったので、忘れてる言葉はあまりないですね」
「いいなぁ、日本語も英語もしゃべれるなんて。他に喋れる言語はあるんですか?」
「大学でスペインとフランス語を少し。だけどちょっとカジった程度なんで、喋れるのは日本語と英語だけです」
その言葉に、明が俺を流し目で見る。
『お前のフランス語はちょっと以上だろ』
なんて言うような目だったので、足を軽く蹴ってやった。
それから30分程高速道路で移動を続け、大きな大きなホテルにたどり着く。
「さて、つきました。市川先生、今日はこの後部屋で少しだけ明日のミーティングをして、後はゆっくりしていてくれて構いませんので」
「はい、ありがとうございます」
記者会見を行うにはあまりにも豪華すぎるホテルだと思った。『市川有紗』の発表も兼ねていると言っていたから、半分パーティみたいなものなのだろうか。……でも、それにしても豪華すぎて感嘆した。
シャンデリアが頭の天辺でキラキラと光る。
「明、俺なんか、凄い一歩踏み出してる気がする」
「当たり前だろ」
隣に立つ明が大きな手で俺の頭を撫でる。明を見ると、俺を見て笑って、そうして呟いた。
「『お前』なんだから、当たり前だ」
「過大評価しすぎだよ」
「なんだってな、それくらいが一番良いんだよ」
「そうか?」
少し考えて、それからやっぱりおかしくて笑った。
「そうだ明、お前ホテルの部屋どうすんだよ?」
「へ?」
「きっと俺の分しか取ってくれてねぇぞ、部屋」