帰国から 1
久しぶりの日本は、妙に懐かしく、忘れてしまった筈の匂いを思い出す。アメリカとか違いすぎる日本人の匂い。
「やっぱ飛行機乗りっぱなしだと疲れるな」
窮屈な飛行機のシートの中で、ずっと空の上を眺めていた。綺麗だったから、飽きはしなかった。隣には明じゃない別の人が座っていた。俺の隣のシートの予約が埋まってて、明はやむなく真ん中のシートで窮屈そうにしていた。
「そうだな」
羽田空港にはぞろぞろと飛行機に乗ろうとしている人や、降りてきて空港外に出ようとしている人で混雑していた。久しぶりの羽田空港で、久しぶりなんて言っても日本に住んでいた時だって慣れる程ここには来たことがない。
所謂、迷子みたいな感じだろうか、今は。
「とりあえず入口に行こうぜ、待ち合わせしてるんだ、編集の人と」
「さっすが先生」
「……」
CAの受付案内人に出入口の方向を聞いて、重いような軽いようなショルダーバッグを担いで入口へと向かった。数十分まっすぐ必死に歩いてようやく見えた入口には、人が数人ほどたむろしていた。
スーツを来たサラリーマン風な男や、おしゃれな若い女の子。
さて、誰だろうか、と思えば、目を止めたサラリーマン風の2人の胸元に、ネームプレートが付いてあった。小さく、『星空出版編集部』と書かれてある。
「明、あの人だ」
「ん? どれ?」
少しずつその人に向かって歩んでいく。こちらに向かってくると気づいたのか、二人して俺の事を凝視する。
「星空出版の……方ですよね? あの、市川有紗です」
市川有紗。それが俺と星空出版の暗号みたいなものだった。その暗号に一回二人で顔を見合わせ、それから大いに口角を上げた。
「あぁっ、あなたが。はじめまして。先生の担当編集の上野です。そしてこちらが編集長の渡部さんです」
「よろしく」
二人して名刺を差し出して来たので、2枚受け取って見ると、明が名刺を覗き込んできた。本物の編集だー、とか言いたそうな目つきに、少しだけはにかんだ。
「えと、あの、……そちらは…?」
当たり前の反応だと思った。日本に呼んだのは確か市川有紗。基、俺だけの筈なのに、何故かもう一人大きいのが増えている。
「はじめまして、市川有紗先生のマネージャーですっ」
「……はぁ、」
マネージャー? あぁ、電話の時の……。と小さく呟く声は、少し騒がしい空港内でもはっきりと聞こえた。やっぱり当たり前の反応に、頷く。
「そうだ、ここで話もアレですし、どこか店で入って休憩でもしましょうか。それに、積もる話もありますしね」
「そうですね、はい」