決着 3
「なんっでOKしたんだよ、馬鹿!」
「いいじゃん。どうせ行くつもりだったんだし、ちょっとばかし早くなっただけだろう?」
「おまえ、いや……っそういう事じゃ…」
俺の携帯についているキリンのキーホルダーをブラブラとさせ、軽い気持ちでまたベッドに転がりこむ。俺の気も知らないそいつに、一瞬にしてせかせかとした気分にされてしまった。どんだけ怒りをぶつけたって、こいつはきっとびくともしないんだろう。
「俺は予定ずらしてもらおうと思って明に携帯渡したんだ」
「うん、知ってる」
本人に悪気が無いだけでこうも苛つくものなのか。
「この俺様が大学休んで日本に行くなんて……今まで風邪意外で休んだ事なんか無かったのに……」
皆勤はならずとも、精勤なのは確かだろう。
そんな俺が少しばかり大学を休んだって、きっと周りから見られている目は余り変わらないんだろうが、ようは自分の気の問題。
「お前は少し講義休んだからって成績落ちるようなタマなのか?」
キリンのキーホルダーに興味を示したのか、固執に眺めたりつついたり。そんな事をしながら、明は俺に話しかけてくる。
「んなわけねーだろっ!」
「んじゃいーじゃん」
「だから……」
「息抜きだ、息抜き。俺も一緒に行くからな」
ニカニカと笑いながら、楽しそうに。
何にでも楽しそうに、何にでも気軽に、怖い物なんて無いよ。みたいな感じに。きっと明にだってそれくらいあるんだろうが、コイツはそれを外に出さない。
「……心強いよ」
「だろ?」
*
次の日、の次の日。大学から戻ってくると一通の封筒が届いていた。星空出版社からだ。中身はもしかして……と開けてみればその通り、空港の日本行きチケットが一枚入っていた。
フライト日は明後日。
「ほんっと急だな」
封筒の中にはチケットの他にメモ用紙のような物が入っていて、『急な話で申し訳ございません 渡部』と綺麗な文字で書かれてあった。ホントその通りだよ。急すぎだ。
「母さん達にちゃんと話さないとな……」
クローゼットの下の棚に入ってあるショルダーバッグを取り出した。その中に適当にいつも来ているような服を詰めていく。行くのは明後日だが、面倒なのでもうこの際先にやってしまおう。
多分これを明に見られたら、なんだ、行く気満々じゃんと勘違いされるだろう。
「満々なんかじゃないのにな……」
別に日本が特別嫌いなわけじゃないのに。この遣る瀬無さはなんなんだろうか。
気楽に、気楽に。
そう思っていても、このモヤモヤはなかなか取れることなどはなかった。
その夜、俺は母さんや父さん達に電話での事情説明や日本に行く日付などを伝えた。やっぱり、3人とも急な事やるなぁと俺と同じ事を思っていたが。心配そうな顔をしながら気を付けろよ、とOKしてくれた。
次の日には明がまた家にやってきて。チケット買ってきたぞー。と、大事なチケットをぴらぴらと見せびらかしに来た。
「あれ、壱、もう準備完了? 行く気満々だなぁ」
お約束通りだよ、お前は。
「そういう明こそ、どうなの?」
「ばっちり! 行く気満々!」
そうだ、こうしよう。慰安旅行。まぁ一応は仕事の為に行くのだけれど。心を慰めるって事については良いだろう。傷心を癒して、完全回復状態で戻ってこよう。
エマの事を忘れて。
「楽しもうなぁ、久々の日本」
「うん、」
次の日。俺はアメリカを立つ。