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Warmth Melt  作者: みゅうじん。
夏、再会~
23/74

浮き世

 昔付き合ってたときに、エマに言われた気がする。

「壱は多分、神様に選ばれた人間なんじゃないかな?」

「え?」

 顔も良く、頭も良い。ちょっとだけ性格は歪んでいるところは有れども、出会いや別れを繰り返し逞しく成長し、若い内に日本国内までも飛び越えた。学校を1年飛び級し、良い大学に入り。

「神様は悪戯ものね」

 壱は特別扱いされているのだ、そう言って、俺の頭を撫でた。

「あなたはつまずけど立ち上がって先に進める筈だわ。大丈夫よ、……だってほら、あなたはこんなにも――」

 悲しげで嬉しげなエマの顔が消えていく。喋っている途中なのに、彼女の顔は視界がぼやけて見えなくなった。どうしたのかと眼を擦って開けてみると、部屋の天井が写った。

「……夢」

 別れを告げられて、もう幾つも日が経つのに、彼女の太陽みたいな笑顔は脳裏に焼きついたまま、まだまだ消えない。それ程好きだったのかと理由を付け足せば、その通りだと思う。

 だけどもう彼女はいない。

「まだ、引きずってんのかね……」

 ベッドから抜けて机の上にある時計を覗いてみれば、午前8時30を指していた。今日は大学は昼からだから、ごはんを食べて、それから少し話しの構成でも練ろうか。

 寝間着のTシャツとジャージを脱いで、クローゼットから服を出す。

 着替えて下に行けば、母さんが俺に気付いておはようと挨拶をした。

「おはよう、母さん」

「ごはん、すぐ作るから待っててね」

「うん」

 挨拶をしてから洗面台に行き、顔を洗い、歯を磨いてからまたキッチンへと戻ってきた。母さんが目玉焼きを焼いていた。棚からコーヒーカップを取り出し、コーヒーメーカーから注ぎ込む。角砂糖を2、3個入れてからかき混ぜ、ダイニングにある椅子に座った。

「良い天気ね。大学はお昼から?」

「うん、それまで仕事するよ」

「あら。頑張ってね、……余り無茶するんじゃないわよ?」

「分かってるってば。ちゃんとペース考えてるから、心配しないで」

「そう、……壱が言うなら安心かしら?」

 安心かしらと口にする母の顔は、それでも大層心配しているように感じられた。仕方ないだろうが、俺はそうだよと笑う事しか出来なかった。

「俺は大丈夫だよ、」

『……だってほら、あなたはこんなにも――』

 大丈夫だよと言って、夢のエマを思い出した。あの言葉の続きはなんだったろうか。夢だけじゃない。俺は確かにあの場所で、エマに、あの言葉を言われた。言葉の続きはなんだろうか。

「……」

 思い出せない。

「壱。出来たわよ」

 テーブルの上に、食パンとバター、ジャム。野菜スープ。目玉焼きがのっている皿には、それと一緒に、茹でたブロッコリーと焼いたベーコンが一緒にのってある。いつもの朝食に、手を合わせた。

「いただきます」

「はい、どうぞ」

 作り終わって、調理器具を洗い終わった母は、エプロンを外して隣の椅子に掛け、俺の真向かいに座って美味しい? と尋ねてきた。

「うん、すっごい」

 否定なんて出来るものか。

「そうだわ、壱。朝唯子に聞いたんだけれど……」

「何?」

「日本に帰るのは本当なの?」

「え……」

 母の一言で、パンにバターを塗る俺の手が止まった。あまりにも懐かしい夢のせいで忘れていた。そんな話もあった。

 俺の編集担当が不便だからとそんな提案をしていたっけ。もうすぐ長期休暇も始まるから、その少しの間なら別に構わないと言った。

 俺にはまだ大学という大事な物があって、明みたいにそれを辞めてまで仕事を優先できるなんて、そんな賭けにはまだ出られる自信は無い。

「夏休みに……少しだけ帰ろうかと思ってる」

「あら、それは良い事だわ。気分転換でもしてらっしゃい」

 唯子が余計な話も交えたんだな、と、母の安堵差から分かったきがした。多分『壱が日本に戻って仕事始める』だとか、もう帰ってこない感じに喋ったんだろう。先に唯子に話したのがまずかったのか。

「友達には会うの?」

「友達?」

「日本に居た時に仲の良かった子がいたでしょ?」

「あぁ……そうだね」

 思い出すのは矢西の事や、仲佐の事や、真琴の事。矢西や仲佐には転校する事を話したけれど、それだけだった。行く時に、棗に知られたら困ると行先も電話番号も教えては居なかったから。たださようならと、そう言っただけだった。

 だから連絡を取ってはいないし、どこで何をしているのか、元気でやってくれているのかさえ分からない。

「あ、そうそう。こっちにくるとき、空港で会った男の子が居たわね」

「空港?」

「血相掻いて息切らして、お別れの挨拶に来てくれた男の子が居たじゃない」

 棗だ。

「良いお友達だわ。その子とは会うの?」

「あ……、うん。相手の都合もあるから、どうか分からないかな」

――俺が絶対見つけるから、お前のこと。

「あら、そうなの。会えると良いわね」

 母の暖かそうな笑顔の前に霞む、真面目な顔をした棗の顔。

 忘れたくても忘れられないその顔を思い出した。

「そうだね」

 俺は今にも泣きだしてしまいそうになった。

『……だってほら、あなたはこんなにも真っ直ぐで綺麗だわ。だからきっと大丈夫。どんな迷い事があったって、あなたはちゃんと道を見つけられる筈よ』

「――そうだね」

 違うんだ、エマ。

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