鮫エージェンシー 4
「喧嘩事は避けてよね、報道されたらどうするの? 私に迷惑かけないで。啖呵切られたんなら、とりあえず謝っときなさい。それか土下座。……芸能界に、下手に出られて悪い気する奴なんかいないわ」
TVでちょくちょく出るようになって、何度目かの説教で言われた。
今や芸能プロダクションの社長までしている薺社長は、厳しいというか、毒舌な口調だった。誰にでも同じ言い草をし、それでも一人一人にちゃんと目を向けている。アイツのやり方は大方正しい。『とりあえず土下座』でもしとけばいいなんて言われた時、正直出来るかアホ。なんて思ったけれど、その方が一番簡単に問題が解決する事は、ちゃんと分かったつもりでいた。
――土下座じゃなくても、…今度から謝れば……。
「おいてめぇ、今なんつった?」
そう心の中で思って、このザマだ。
「ウザいって言ったけど……?」
鮫島が偉い剣幕で俺を睨みあげて来たので、俺は少し呆れたように返した。この世界でそんな短気じゃ悪い事だらけだろうに。
馬鹿。俺も、コイツもだ。
ていうか、この場合は俺はどうしたらいいんだろうか。自分が悪いわけじゃない。基、俺はこの話しには何一つ関与はしていない。
「ニシオカは本当に教育がなってねぇみたいだな」
「アンタは幼稚園からやり直した方が懸命だと思うぜ?」
「……なんだと?」
ていうか何か俺も話しに混ざってね?
「そんなんじゃソイツが掴める仕事だって取り逃がすだろ。アンタ、向いてねぇよ」
そう思ったって、藤原が可哀そうで仕方なかった。その性格じゃコイツに反論だって出来ねぇだろう。だから俺が代わりに……なんて言ったら都合が良過ぎるだろうか。
「おい、ナツ……」
気まずそうに首を横に振りながら止めようとするザキさんの顔。それを無視して、俺は鮫島をジッとみた。
「良い度胸してんじゃねぇか」
なんだなんだと思ったら、気持ち悪くニヤリと笑いながら、ゆっくりとこちらに手を伸ばし、俺の服の襟もとをグイっと掴んできた。
こういう状況になれば避けるのもなんだが面倒臭くなって、俺は抵抗も何もしなかった。
――殴られたりしたり?
そうなったら俺薺に偉い怒られんだろうなー、みたいな。なんだか色々ややこしい事を軽く考えた。
そのほんの隙間。
「はーい、皆注目ー」
いきなり、一際大きな声が室内に響いた。発信源を辿ってみれば、入り口を開け、何やら50くらいで厳しそうな顔をしている男と、これまた逆に優男な顔をしている30代くらいの男が立っていた。
「えーと、これからお集まりいただいてありがとうございます。これから10月から始まる月9ドラマ、I LOVE YOU出演、及びスタッフの自己紹介を兼ねたミーティングを始めます。皆それぞれ席についてください」
さっきまでザワついていた会議室が一気に静かになり、みんなゾロゾロと席についていく。鮫島も藤原にさっきよりも強く裾を引っ張られ、諦めて乱暴に俺の服から手を放し、舌打ちだけして席へと戻っていく。
――薺の説教は免れたか…?
そう思っていたら、軽くザキさんにチョップされた。
「ヒヤヒヤしたぞ」
小さな声でそう言われた。
「ごめんごめん」
「じゃ、始めましょうか」
皆それぞれ席についたのを確認して、優男が厳つい顔をした男にそう言った。その言葉にうんと深く頷き、席を立つ。
「監督の野中吉竹だ。よろしく」
「僕は脚本の杉谷雄一です。本当はもう一人居るんですけど、彼ちょっとサボり魔でして、今日は欠席です、よろしくと伝えて置いてと、……そういう伝言です。…じゃあ、まずはキャストさん達から自己紹介お願いします」
自己紹介お願いしますと言われ、元々配られたキャストとスタッフの名前一覧を覗く。何故だか俺の名前が一番に来ていたので、最初は多分俺なんだろうか。
まぁいいやと、キャスト人は誰も立ち上がる事をしなかったので、俺が立った。
「伊瀬春樹役のナツです。よろしくお願いします!」