鮫エージェンシー 2
藤原牧。ドラマI LOVE YOU.のオーディションの末主演ヒロインを獲得。まだ新人だろうか、少しやりづらそうにこちらをチラチラと覗いていた。
「おい、なんか見てるぞ」
ザキさんが俺に耳打ちする。
やっぱりだ。見ていると思っていたのは俺だけじゃなかったらしい。その子の視線が先ほどからうるさいくらいに感じられていた。
「おい、勘違いじゃねぇぞ。見てんぞ」
俺はそう呟いて、その熱視線を浴びているそいつをジーッと見た。
「叶」
「分かってるわよ、あの子。私初対面じゃなんだよね。……この前バラエティのゲスト収録があったんだけど、その時あの子も一緒居たの」
熱視線を返すかのようにイライラと牧を睨み続ける叶は、こちらには振り向きもしないで淡々とそう呟く。
「そんで、後ろのアレ。マネージャー。アイツも一緒に居てさ、何か揉めてると思ったら一方的にあの子の行動決めちゃってさ、あーやれこーやれって。仕舞にはあの子が反論したら逆切れしてやんの」
まぁ……そんな顔してやがるな。
「私ムカついて言ったんだよ。『アンタみたいのが若い芽潰してんだ』って。」
うわぁ……。
「そしたらあの子血相掻いたみたいに男の方擁護しはじめて、最後には睨まれたんだよ? 私の正義感返せっての」
「いやそれ、お前の一方的なアレじゃん」
まぁマネージャーもいないタレントのお前からしてみれば、そういう事するマネージャーがやけにイラつくのも分からなくは無い。スケジュール管理、バックアップの域を越えている部分だってある。でもそれはアクマで他の奴の、他人の話しだ。
無視しとけば自分より這い上がるか気付いたらいなくなってるか、ただそれだけだろう。無駄な正義感は仇になるぞ。
「でも……っ」
「すみません、西岡entertainer・enterpriseの方々ですか?」
噂をすれば、だ。
声をかけてきたのは、その若い芽潰しの偉そうなマネージャーだった。叶は嫌そうな顔を露骨に隠している。バレバレだぞ。
「えぇ、私、西岡エンターの専属マネージャーで『ナツ』のマネージャーをしています、山崎、と言います。……何か?」
「この子、名前はなんでしたっけ?」
指を刺した先は、叶。
「的場叶。ウチのタレントですが」
「お宅のタレントさんは一体どんな教育をなされているんですか?」
「「は?」」
叶とザキさんの声が重なって聞こえた。
「こないだの番組収録で、意味も無く切れられ、罵声を浴びせられ。今日は何です。ウチのタレント睨みあげて……どういう事ですかね?」
「あ、あの……メグちゃんっ」
マネージャーの後ろで小さく裾をぐいぐい力無く引っ張り、止めようよと訴える藤原牧を無視し、依然喧嘩腰のその偉そうなマネージャー。
お宅のタレントとこっちのタレントが熱視線交し合ってただけだろう。
言い掛かりっちゃ言い掛かり。だから多分コイツは自分のタレントが他の事務所の子に睨みあげられてるって事に腹を立ててるんじゃない。
前文。意味も無く切れられ、罵声を浴びせられ。
ようは自分がコイツに気分を害された事に切れているのだ。自分のタレントの云々(うんぬん)なんて付録だ。
「鮫エージェンシーさん、それは、本当に申し訳ありませんでした。」
ザキさんがあちら側のマネージャーに深々と頭を下げた。
沢山の人、広い会議室。それまではまだ監督も脚本も、ドラマの最大の骨となる人はいない。全員集まるまでは騒がしいこの屋内も止みそうにはない。
頭を下げても他の奴等は気づきもしなかった。
「――……ですが、叶の話しを聞いている感じでは、そちらのマネジメントにも不手際があったのでは?」
「……んだと?」
低い声と切れ細の目がザキさんを睨みあげた。
余程キレやすい性格らしい。後ろのタレントが震えている。
「マネージャーの仕事の一番はタレントのスケジュール管理。ですがそれと同時に、どうすればタレントがより他より映えるか考えなければいけない。……タレントとマネージャーの、マンツーマンで」
「……」
「一方的強制的と言うのは諮りかねますが」
うんうんと頷く叶の姿と、礼儀良く反抗するザキさんを、俺は交互に見ていた。ていうか、元々お前のせいだろ叶。……いや、でも。俺もこんなマネージャー付けばやる気も無くなるな。
可哀そうに、と、俺は涙目で現状を見つめる藤原牧をチラリと眺めた。