鮫エージェンシー 1
正面入り口から入って少しばかり先に受付と、そこからもっと先に入館通路が見えた。
少し待ってろとザキさんが俺から離れ、受付へと向かう。そこに入る女に笑顔で話し、それから女は話しに頷いたかのように紐の掛かった入館証を2つ取り出した。笑顔で手を軽く上げ、それから俺の元にザキさんが戻ってくる。
「さ、行こうか」
つくづく思うが。
「アンタも向いてると思うけどな、芸能」
「ん? なに?」
「なんでもね、行こうぜ」
その笑顔、少しキラキラ眩しいって。
そんな事を片隅で思いながら、俺はザキさんから俺の名前の入った入館証を受け取った。そしてそのまま入館通路へと向かう。電車や地下鉄に乗る前の、買った切ってを入れる機会みたいなところだった。慣れた手つきで入館証をそこにかざし、認証したようにかざしたそこが青く光る、そのまま通路を妨げたバーがガチャンと左右に開き、難なく中へと入れた。
最初こそどうやるか手間取った所だった。何気に格好いいだとか、もう芸能人のくせに『芸能人みてぇ!』だとか思っていた俺を、時々だけど思い出した。
「10階のJ-5会議室だ、早く行くぞ」
所々見知った顔のプロデューサーだとか、ADだとかと居合わせし、挨拶をして軽く会話を交えたりもした。こういう些細な礼儀だって忘れてはいけない世界だった。ここ気を抜けば一気に蹴落とされる世界で、次に繋げる為には必要不可欠な毎日恒例行事。
「確か叶は一人でもう先に行ってたな」
「あいつ行動だけは素早いな」
「あの子はまだマネージャーがいない分自分で行動しなきゃ行けないからな」
努力家って事でも、それは大抵プラスに加算される。俺は入って早々にザキさんをマネージャーを付けてもらった。薺の芸能プロダクションが開いて初めの人間だったからもあるだろうけれど、絶対にヒイキと言われるものだろう。
「失礼します」
10階。J‐5会議室。帽子とサングラスを外してザキさんに渡し身を整えると、ザキさんが扉をコンコンと叩いて開いた。
明るい蛍光灯の下。さすがにスタッフとキャストが揃うという事で、会議室は異様にデカかった。
「失礼します、遅くなってすみませんでした。ナツと言います。よろしくお願いします」
少しばかり大きな声で扉前で頭を軽く下げ、それから空いている席にザキさんに促されて、そこに座った。隣で先に早く来た叶がこちらを見て笑った。
「ナツ、ワクワクするね」
ワクワクしてんのはお前だけだ。
「そうだな、ちょっと緊張してる」
とぼけたような、照れたような感じにそう言ってみた。嘘だった。それはきっとザキさんも叶だって気づいている。
俳優だもんな俺は。
俺の言った一言で、近くのスタッフが少しだけ小さく笑っていた。そんな緊張しないで、と女のスタッフが言ったので、眉を引き上げながら『はい』と返答した。
そこでまた扉のドアが開く。
「お、お遅くなりました、シャークエージェンシー、藤原牧ですっ、よろ、よろしくお願いします!」
たどたどしい、何回か言い直しながら、何か必死めな女の子が入ってきた。叶くらいの年齢だろうか。それに、後ろには黒いスーツを身に纏って、何か偉そうな顔をした男が居る。
「あの後ろの奴、マネージャーか?」
「そうだろうな。……あぁ、棗、あの子がさっき言ってた主演ヒロインだ」
へぇ、……あの子が。
短髪? じゃないな。セミロングとでも言うくらいの長さのボブヘア。ワンピースに薄いカーディガンを羽織って、ブーツを履いている。
見た感じ清楚系な女の子だった。
――後ろと真逆すぎだろ。