勝手
「すげぇじゃん壱! お前ホントにすげーなぁ!」
いきなり抱きつかれた体が異常に苦しい。抱きついた相手の背中をバンバン叩きながら、愛想笑いで返した。
「ははは……いや、そかな…」
「なに? あんま嬉しくねぇ?」
完成した小説を国際便で出版社に送った。4,5日後、バイトから帰ってきてPCを付けると、いつも通り出版社からメールが1通届いていた。その中の文の中の1行に、『本を出す準備を進めている』と、そう書いてあったと、明に伝えた。
まるで自分の事かのように喜ぶ明の目の前の、妙にテンションの低い俺に気づいたのか、高い場所にある頭を俺の顔の高さまで傾けた。なんで? ときょとんとした顔は、本当に不思議そうに俺を覗いていて、少しだけ困ってしまった。
「んー…いや嬉しいっちゃ嬉しいけどさ。そういう事考えないで書き直してたから」
突然のことで、喜んで良いのか悪いのか。
「は? じゃ何で書いてたの」
誰が聞いたって、それが素朴な疑問なのだろう。本当の事は恥ずかしくてあんまり言いたくなかったけれど、でも他に答えが無い。
「褒められるの、……嬉しかったし」
頬を人差し指でぽりぽりと掻きながら、目線を逸らして小さな声で呟いた。きっと馬鹿にされるんだろうなと、心の中でため息を吐く。
「……なんつーか、壱さー」
「ん?」
そうして言おうか言うまいか迷いながら返ってきた言葉。
「欲ってのが、少ねぇよな」
「は?」
返ってきた言葉は想像も付かなかった事で、俺は少しだけあんぐりした。何を言うかと思えば……。
「欲しいモノとかは、…あるけど。」
「何?」
「んー? ……んー…、あ。ジーンズ。最近傷んできたから」
履いていたジーンズは膝の部分からチョロチョロと紐が垂れていた。切っても切ってもチョロチョロ出てくるし、いっその事擦切らしてオシャレにでもしてみようかと思ったけれど、アレは膝だけが外気でスースーしてあまり好きじゃない。
膝部分を引っ張りながらそう言うと、明の顔が渋って行くのが分かった。
「……やっぱ、無ぇの」
自分から降っといて、…だから、いきなり何なんだと。
「こういうのはバンバン取って行かないと、後悔するぞ」
「こういうの?」
「自分の目の前にある、チャンス」
「……」
つまりは、これは俺にとってのチャンスだと、そう言いたいのだろうか。わざわざ俺が上げたチャンスなんだから、大事に使えと、そう偉そうに言われてる気もしたけれど、そんな事コイツは考えてもいないのだろう。
「このチャンス、もし失敗したらどうすんだよ? 俺、もう社会人なのに」
「良いトコの大学出てんだから大丈夫だっての。少しくらい人生休め。……今って、その期間じゃね?」
「休日に、……どれくらい年数掛けるつもりだよ…」
「んー…もういーやってくらい?」
「そんな勝手な……」
勝手でオーケーだと、明が笑った。