プロローグ11
次の日。眠気覚ましにニュースを付けていると、やっぱり今日も気象予報は暑いらしい。今日は少し話しがあるからと、朝早くの涼しい時間帯に起こされた。ニュースを見ながらのんびり水を飲んで居ると、さっさとしろとザキさんに叩かれ、しぶしぶ事務所へと向かった。
「昨日山崎から言われて分かったと思うけど、恋愛ドラマ。原作読んだ?」
「いや……」
「読んでないのね」
立派な絵画や装飾植物。色々部屋や人物を見立てる為に置かれただけの装飾品が、社長椅子に座るコイツを立派に見立てている。
「社長からもなんか言ってやってくださいよ。コイツ台本以外の文章全然読まなくて…」
呆れた声で少し後ろからザキさんの声が聞こえた。でもそれはいつもの事だし、俺は黙って椅子に座るそいつを見ていた。
「台本は? 叶にはもう渡ってんだろ」
「あら、もう知ってんの」
「昨日会ったからな」
ふーんと、頬杖を付きながら嘆息した。それからこれまた立派な机の引き出しから、叶と同じ、紙の束を取り出した。一番上の紙には、やっぱり『I love you』の文字。
俺は顔を顰めた。
「嫌そうな顔ね」
「恋愛モノがな。何で通すかね、お前もザキさんも」
「仕事だからでしょ。他に何があるのよ」
「……」
そりゃそうだと、俺は溜息を吐いた。俺もコイツも、根っこで思っている事は同じ。
「まぁでも、原作はちゃんと読んどいた方があんたの為かもしれないよ」
「社長直々に……ご苦労さま」
「ちゃんと聞きなさい。これはあんたにとって、チャンスなのよ」
なんのチャンス何だと、俺は目の前のそいつを凝視した。
「私があんたにあげる、最後のチャンスよ」
その言葉が、妙に頭に残った。
それはもしかして、この仕事が出来なければ芸能界を引退させられるとか、そういう事なのだろうか。……自分から俺をこの世界に監禁させておいて?
「芸能界とか、そういう話しじゃなくて――」
「……?」
「昔の賭け勝負の、続き」
「賭け……?」
一体何のことだろうか。頭を巡らせて思い出しては見るが、思い当たるふしは多々ある。
「あんたの分からない事をいちいち教えてる程暇じゃないの。原作はそのヒント。同時にあんたの演技の為にもなるわ」
曖昧な発言。意味不明なコイツは、そういえば元からそんな感じだった。俺より何倍も賢くて、頭が良く回る。
昔からだ。
頭の良い奴の考えていることは良く分からない。
「薺……」
「早く行きなさい。今日も、みっちり仕事あるんだから」
その時、薺が苦しそうに笑ったその意図は、分からない。