プロローグ10
「お前……またか、ビックリさせんなってのっ!」
乱暴に開かれた扉の方向を、目を見開きながら凝視した。重たい筈の扉は全開で、その扉の真ん中に、茶髪の髪の毛を左側に纏めて縛った女が仁王立ちで立っている。短いミニスカートにTシャツ。ラフな格好にしては妙にオシャレだといつも思う。俺がいつか『プレゼント』みたいな感じに買ってやった輪っかの腕輪も付けている。
「ナツー! ドラマ出演ケッテーしたっ!」
「へー、……あっそ」
「…何それ、すっごいKY。役者でしょー?」
嘘でも良いから、一緒に喜べと。出会った当時はこんな自己中心的な性格ではなかった筈なのに。徐々に変わっていったそれに、最初は付き合ってはいなかったが、面倒臭いので、いつも大げさに祝ってやっていた。
「『お、やったなぁ! 俺も嬉しいぞ!』」
口ぶりだけはテンション高く、鏡から見えるその声を出している顔は、何の心も籠っていない。
「でしょー! 最近ちょくちょく脇役だったけど、ちゃんと役名付いてんだよ!」
「……殺され役? どーせチョイ役だろ?」
「昔のナツじゃないんだから」
「……おまっ…」
この世界に入って、やっと、ようやく入った仕事だった。開始時間3、4分で殺される、名も無い役。初めの仕事がそんなのなんて、……とか、思ったりもして沈んだ時期もあったが、今思ってみれば、みんな最初は顔が映るかも分からない通行人やら、そんな俺よりも沈みそうな所から始まっている。それに比べりゃ、俺はなんて幸せな所からスタート出来たんだと、自分の運を喜んだ。
みんなと違って、顔面蒼白、血塗られた特殊メイクを施された顔が、画面上にアップで映ったんだから。
「おまえなー……」
それでも、沈むモンは沈むモノで、それは今でも変わらない。
「あー、……じゃ、…何なの、なんのドラマ?」
「ピュアラブドラマ!」
純愛ドラマだと。何がそんなに嬉しいのか、俺にはよく理解出来なかった。
「へぇ、偶然。俺も、……ピュアラブドラマ出演決定したばかりだ」
「ほんとにー? もしかして一緒かなっ?!」
「まさかだろ、……恋愛ドラマって最近たくさんあるだろ。てか、ありすぎ」
「確かねー、作者が『市川有紗』って人」
「は……」
本当は俺が思うほど、恋愛ドラマなんて無いのかもしれない。それかもしかして、思うほど芸能界も狭いとか。
「あー…そんで、何の役?」
「ヒロインのお友達……? みたいな」
本当にチョイ役を貰ったなと、そう思った。恋敵になるわけでも無し。三角関係になるわけでもないし。
「なぁコレ、原作読んだ?」
「原作は――読んでないけど」
自分が持ってきた手提げ鞄の中から、纏まった紙の束を取り出した。
「これ、さっきナズからもらったの。台本」
手渡されたその1番上の紙には、ゴシック体で大きく、『I love you』なんて書かれてあった。題名までくさすぎて、反吐さえでそうな気がしてくる。それでも何か、懐かしみのある言葉。顔を顰めながらパラッと適当に紙をめくってみると、台詞や場面展開が事細かく記されている。
「はぁ……俺も明日辺り、これと同じモン渡されんのかね…」
1話目からいろいろと、何やら女子高生がトキメイてしまいそうな台詞や場面が多々あった。コレを俺が演じきれるのか、もしかして出来なすぎて1話目で途中降板とかあるかもしれないとか。変な恐怖がわなわなと溢れてくる。
「やっぱり同じドラマなんじゃん!」
「同じドラマでも、叶よりはいい役もらったけどな」
「え、……なになに?」
恐怖を払うように、俺は嫌々した顔で叶を挑発するように言ってやった。
「主役」
あぁ、本当にもう――。