第二十六話 普通になった生活・普通の恋愛
麻衣が仕事をやめて一ヶ月が経った。計画は順調に推移している。もう既に殆どこの突然変異事件に関する資料は殆どない。それが事故だったり、紛失という形で歴史の闇に葬られつつあるのだ。この計画は麻衣の父親が立案したものだと、麻衣は以前、僕に話していたが、彼は一体どんな人物なのだろう。普通の事故ならば、研究者を裏で色々と操れば出来るだろうが、一部の事故は、軍事施設でも起こっていた。彼の交友関係はそこまで広いものなのだろうか。
麻衣は仕事をやめてから、弓道部に入った。今まではずっと帰宅部で父のサポート役だったげど今は自分のやりたいことがしたいといい、転校してきた弥生も誘って、毎日のように練習をしている。
僕も今までは、バイトが終わったらすぐに家に帰っていたけど、最近は部活帰りの麻衣と弥生を迎えにいって彼女達の近況を聞くのが僕の日課になっている。でも、本当はそんなのじゃなくて彼女が普通の女の子になって行く姿を観察したいのだ。彼氏として。
僕は今日も何時も通りに図書館での仕事を終えて、真由と別れる。
「じゃあ、先帰るね。麻衣達が待ってるから」
「うん、じゃあまた明日」
彼女は手を振って見送ってくれる。ガラス越しに正面玄関を見てみると外は真っ暗だった。僕は点々と図書館から川沿いに続く歩道の明かりを頼りに走る。
学校に着いて、弓道部に向かうと麻衣と弥生はまだ練習を続けていた。僕は外にある自動販売機でコーヒーを買い、ベンチに座って彼女が出てくるのを待った。
「また楠木さんと弥生さん待ち?」
僕の姿を見て声を掛けてくれたのは弓道部の顧問の渓沢先生だ。毎日のように来る僕の喋り相手をしてくれる。暇な時だけだか・・
彼女は生まれつきのおっちょこちょいで、部活だろうと休み時間だろうといつも一つにまとめた栗色の髪を揺らして走っている。彼女が僕に話しかけられるというのなら、余程今日は彼女にとって幸運な日なのであろう。
「はい」久しぶりに彼女と喋れるということは僕も幸運なのだろう、僕は笑顔で答えた。
「凄いんだよ、弥生さん。最近入ったばかりなのに、礼儀作法とかやり方もすぐに覚えちゃって」
彼女は自慢げに話す。そりゃあそうだろう。自衛隊員の娘で、銃も分解する、世界中のあらゆる武術に詳しい弥生からすれば、弓道の作法なんてすぐに体得できるだろう。
「隣にいる僕も怖くて・・・」
アハハと渓沢先生は笑う。
「でも、ガールフレンドが傍に二人も居るなんて、君って幸せ者だね」
「えっと・・・」
彼女が不意にした発言に僕は言葉に詰まってしまう。麻衣も弥生も僕が突然変異を起こさなければ僕とは会って話をする事さえ出来なかった。それは彼女の想像した僕らの関係とはかけ離れた物だろう。だから僕は言葉に詰まってしまったのだ。
「恥ずかしいのかな? 大丈夫だって!私もそうだったから」
私もそうだった。そうだ、僕は彼女と同じような普通の学生に戻ったんだ!だから麻衣とは普通の関係だ。弥生だって僕の事を素直に好きと言ってくれた。普通に、素直に、二人と恋愛していいんだ。そうでないと、ここまで僕を思ってやってくれた二人の行為を無にしてしまう。さっき、言葉が詰まったのは、魔が差してしまったんだ。もっと僕は素直にならなければ・・・
「先生。僕、もっと素直になります・・・」
「よく言った!頑張りなさいよ!私も応援するから」
先生はポンポンと僕の背中を叩いて、その場を立ち去っていった。
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