リュー運命の一日(3)
ユマ……本名、優馬。東京の美容室の階段で転落して転生。
リュー……本名リュフォイエル。大きな屋敷で一人で暮らしている美貌の貴族。
フォルメダ……魔術師でリューの友人。明るい性格。
シャンス……リュー屋敷の執事。
ヴィテー……リューの愛馬。かわいい。
全力で巡回を終え、全速力で帰ってきた。その甲斐あって、扉の向こうでは妻が入浴している。素晴らしい。腕組みをして扉にもたれかかる。何とか一緒に入る方法はないか……考えろリュフォイエル。
ガチャッ。
必死に考え込んでいたらもう出てきてしまった。入浴を待つ時間というのがこんなに幸せだとは。明日から毎日待とう。
「迎えに来ただけだ」
上手くごまかせた。
……って、な、なんと良い香りをさせているんだ! それにほんのりと赤い顔、湯気をまとって額に張り付く髪、そして寝ている間に私が選んでおいた服を着ている! なんという……、まだ、昼間だ! 速やかに髪を乾かさねばならない!
ソファと妻の間に強引に体をねじ込む。別に、そこで呼吸をするだけだ。
「リューはこれまで恋人はいたんですか?」
……また何か間違えたのだろうか? なぜこれまで恋人がいなかったことがバレたのだ。
ユマはどうも勘の鋭いところがある。私は人付き合い全般が苦手だが、恋などとは全く関わりのない半生であった。何度かは好意を寄せられたこともあるが、感情表現が乏しくてつまらないし、いつも動き回っていて会えもしないので、ほどなくみんな離れていった。今こうなってみると恋愛してこなかったことがあまりにも悔やまれる。ユマに会うためだったと考えるしかない。
それに、それまでの自分を捨てて新しくなるというのは、案外とても気分が良いものだと知った。
馬車で行かねばならない。ユマの体を気遣ってのことだ、飽くまで。
ユマは、今の状況に相当戸惑っている。当たり前の反応だ。それまでの人生が急に遮断され、しかもその記憶ははっきりと残ったまま。じゅうぶん受け止めているほうだと言っていい。
特にこの結婚に困惑していることは気づいている。ユマが希望したと言うよりは、私が連れてきた形とも言える。ただ、私が少しでも引いたり遠慮したりする様子は絶対に見せたくない。結婚や誓いというのは一度すれば取り消したりはできないから、この結婚は間違いだったと他ならぬ私が認めるようなことだけは絶対にしたくない。その瞬間、ユマは居場所がなくなってしまうだろう。私がユマだけを心から愛し、それは一生であって、必ず二人で幸せになれるんだという確信をこの人に持たせる責任がある。
少々うざったいと思われようと、私の愛だけはいつの時も少しも疑わずに済むように。
しかし、早速ユマは元気がない。ユマの美しさを保つものなど、むしろ私の欲しいものでもあるというのに。どうにも納得がいかないらしく、手をぎゅっと結び、取りつく島もない。そんな握力は、私の手を取るために使って欲しいのだが。仕方ないのでこれは時間をかけて徐々に意見と価値観を一緒にしていくことにする。
今日のところは、別の作戦を取ることにしよう。
ユマをフォルメダに預けて、化粧品店に走る。欲しがっていた商品を思い出して店の女性に確認すると、確かにそれだったと言う。もっとたくさんあげたいが、きっとユマは嫌がるだろう。次に花屋。一番大きくて一番香りの良い花を探さねば。初めて会ったときのユマの髪のように、脳まで届いて眩暈がするような……。いや、そこまでの花はなかったが、香水の材料にもよく使われるという花を選んだ。果たしてユマは喜んでくれるだろうか。こんなもの、選んだことも買ったこともないが。
……ユマは花束にすぐ気づいてくれた。胸いっぱいに香りを吸い込んでいる。気に入ってくれたのがわかり、胸をなでおろす。愛する人を笑顔にするという喜び。私の知らなかった幸せを次々に与えてくれる。
今となってはユマがうちに来てくれなかった私の人生が想像できない。どうか私の隣でずっと笑っていてくれ。いや、私があなたを笑顔にしよう。
ああ、泣かないで、愛しい人。私まで泣いてしまうから。




