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契約書はよく読めとあれほど!  作者: 宇居 リンリ


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依然、言葉が通じない

ユマ……本名、優馬。東京の美容室の階段で転落して転生。

リュー……本名リュフォイエル。大きな屋敷で一人で暮らしている美貌の貴族。

フォルメダ……魔術師でリューの友人。明るい性格。

シャンス……リュー屋敷の執事。

ヴィテー……リューの愛馬。かわいい。

 賑わっている場所に着いた。人々が忙しそうに行き来している。服屋らしき店、お菓子屋っぽい店などがいくつも並び、言葉がわかったらけっこう楽しそうかも、と思う。

 馬を預けて石畳を歩き、ある店に着いた。その間も相変わらず手を引かれている。

 店員らしき若い男が、青年と挨拶を交わす。見知った仲らしく、二人で会話を始めた。

 僕はまた待機時間。店内を見回すと、陳列棚には辞書のような厚い本が並んでいる。真ん中に置かれたテーブルには、薬品なのか化粧品なのか小瓶がいくつも並んでいる。何の店だろう。


 店員の男は、シェリー用のような小さなグラスに飲み物を出してくれた。ありがたいけど、これはなんだ? 薬酒とか?

 繋がれていないほうの手でグラスを持ち上げ、鼻先に近づけてにおいを嗅いでみるが、なんの匂いもしない。これ、飲んで大丈夫なんだよね……? 青年をちらりと見ると、早く飲めとグラスに手を添えてくる。わかった、わかった。

 少し舐めてみようと口を開くと、青年がグラスの尻をぐっと上げた。一気に飲み込んでしまいむせ込む。何するんだよ、乱暴な!あとあんまりおいしくないぞ、これ!


 抗議の目を向けると、青年が口を開く。

「大丈夫か」

「えっ! 言葉分かるの? なんでずっと黙ってたんだよ! ……ですか。」

「いや、分からなかった。この薬で言葉が通じるようになった」

「そうなの!? すごい! そんな薬があるんだ! 助かるな」

 店員が何やらもじもじ照れだした。

「他にも色々あるよ……! これは新商品のヒゲが薄くなる薬で──!」

「そんなことよりここはどこです? どうやったら帰れますか?」

 青年が僕の肩に手を置く。

「悪いが帰る方法は知らない。かつて転生してきた者が帰還していったという話も聞いたことがない」

「えっ、そうなんだ……、これからどうしたら……」

 戻れないと人の口からはっきり言われるとやっぱりショックだ。というか向こうで死んでるから多分帰りようがない。

 涙目になると、青年が繋いでいた手を引き寄せて僕を抱きしめた。まったくこの人、本当に人との距離が近いな。

「何も心配いらない。私が幸せにするから」

「ふはっ。優しいこと言ってくれるんですね。この国の人はみんな優しいのかな」

 やけに大げさなことを言ったので思わず笑ってしまった。

「……取り乱してすみませんでした。せっかく親切にして下さったのに。僕、ユマと言います。なんだっけ、ユマ・アーエートだ」

「ユマか。美しい名だ……」

 何やら目を細めている。怪しまれたか?

「私はリュフォイエル・ラカウス・ティリットだ」

「リュ……?」

 長過ぎるだろ……。でもなんとか覚えないと……。

「リュフォイエル」

「リュ、リュ……?」

 いや、発音も難しい……。なんだって?

「……リューでいい。親しい者はそう呼ぶ」

「ありがとうございます、リュー」

 めちゃくちゃ短くしてくれた。やっぱりこの人優しいんだよな。

「あ、そういえばさっき俺がサインしたのは何の紙です?」

「ああ、誠意を尽くし添い遂げるという宣言のことか?」

 ……ん? なにが? 聞き間違いかな?

「添い遂げ……それ、結婚ということでは?」

「もちろんだ。この国では結婚というのは一生のことだ」

「いやそれは結構だし賛成なんだけど、誰の結婚です? 何で僕がサインを?」

 店員が口を挟む。

「だって君、リューと『ラウの誓い』をしたんだろ?」

「なんですか、それ?」

「求婚者が渡したラウの実を二人きりで食べるんだよ。そして花嫁が花婿の目を見て頷いたら、婚姻の成立だ」

「……は?」

 じろりとリューの目を見る。もう言葉が通じるくせに、さっきのように黙って見つめている。

「そうなの? リュー?」

「その通りだ。女神ラウの加護で、その婚姻が一生解けなくなるからな」

「あの、この国、同意を取るっていう概念、ないですか?」

「さっきの婚姻届はもう出しに行かせた。そろそろ受理されただろう」

「本気で言ってるんですか? 二人ともふざけてるんですよね? そんなの取り下げてくださいよ!」

「加護も届け出も、解除できるようなものではない。今あなたは正式に、私の妻だ」

 すると、リューの顔が近づいてきて、僕を抱きしめて、さらにどんどん近づいてきて……、ん? 何しようとしてる?

「ちょ、やめてください!」

 全力で抵抗すると、リューは仕方なく離した。

「ユマ、大丈夫だ。私たちはこの先永遠に一緒だ。さあ今日は帰ろう、これからやることがいっぱいあるんだから」

 ああそうか、やっぱりまだ言語が通じていないのでは? 何言ってるか全然わからないんだけど?

 店員のほうを振り返ると、小さな瓶からキラキラした粉を俺たちの帰り道に降り巻いている。

「それやめてください! ライスシャワーみたいなやつ!」


 店のドアを出ると、店員も外に出てきて思い切り叫んだ。

「女神ラウの祝福をーーーっ!」

 するとそれを聞いた街の人たちが振り返って、満面の笑みで口々に叫ぶ。

「女神ラウの祝福をー」「女神ラウの祝福をー」

 うわああ、やめて! それ絶対結婚の祝福じゃん! 粉もやめて! なんかたぶん縁起の良いやつでしょー!

 そして人々の拍手のなかを、リューに手を引かれてよろよろと帰っていく。


 また馬に乗せられる。

「リュー……。なんであの薬を飲ませてから契約書を見せなかったんですか……、順番を逆にすればいい話ですよね?」

 リューも馬に乗って、また唇を近づけようとする。

「だから、それでごまかされるとかないですから!」

「これはキスといって、この国では愛情表現の方法の一つで……」

「それはうちの世界も一緒! そういう話じゃないです!」

 もう、めまいがしそうだ。わけがわからない……。未だここがどこかもわからないというのに。


 馬を走らせながらリューが僕に言う。

「ユマ、聞いてくれ。私は一目見て運命を悟った。あなたほど美しい人を見たことがない。じっと見つめられて、私も一生離れないと誓った。あなたが私の愛馬に愛おしそうに触れ、屋敷で優雅に茶を飲むのを見て、私の妻はこの世にこの人以外いないとわかったんだ」

 なんか言ってる……。さっきの翻訳の薬、きっと効き目が2秒しかなかったんだ。

「一応聞きますけど、この国で手を繋ぐのは普通ですか?」

 最初に馬に乗せられたときから、移動中ずっと手を繋がれている。

「それは逃げられたら困……、手を繋ぐのはこの国では愛情表現であり……」

 こいつ! やっぱりちょっと分かっててやってるだろ……!

「帰りたいーーーっ!」

「大丈夫だ、もうすぐうちに着くから」

「誰かーーっ!」

「ここはもううちの領地だ、ハニー」

「ハニーやめろーーーっっ!!」

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