あるいは始まり
今日も工房の視察に行く。共同経営している仲間たちは、フォルメダが紹介してくれた魔術師たちだ。
通常の化粧水の生産過程に加え、保湿成分のある薬草を、魔法陣の上で一晩月光にさらして更に効果を上げて抽出してある。
リキッドファンデーションには、瞬間冷却で粉砕した鉱石粉を混ぜ、肌に乗せるととろりと溶けて滑らかに広がるようにした。
スティック型保湿用リップバームは、僕の彩魔術で彩色した数色でカラー展開し、使う人に一番似合う発色が出るようにして、さらにアモリースから抽出した香り成分を含ませてある。
「ユマ、うちの品数はどんどん増えていくわね。また従業員を募集しようと思うの」
「ええ、そうしましょう。僕もどんどんアイデアが湧いてきてしまって、いつも無理を言ってすみません」
「いいえ。あなたと研究するのは楽しいからこれからもどんどん困らせてちょうだい」
すると、表で馬の足音が聞こえた。
「では用事があるので失礼します。また」
「ユマ!迎えに来たぞ。急ごう」
仕事を早く終わらせてくれたリューが、愛馬ヴィテーに乗って走ってきた。
「乗れ!」
ここに来て3か月。今では馬に乗せられても動じないし、少しなら自分一人でも乗れるようになった。
彩魔術の刺激になるような美しい夕日が見てみたい、と話したら、リューが「それならあそこがいい」と連れてきてくれた。
小屋にはあの頃と変わらずヴィテーの休憩所がある。中には、快適に過ごせるよう、家具や食べ物などを運び込んでゆっくり過ごせるようにした。僕一人で来て過ごすことも時々ある。
「ここ、こんなふうに改造しちゃって本当に良かったんですか。リューの隠れ家だったのに」
「もちろん。私はもう隠れる必要がないから」
窓の外を注視しつつ、中に入ってお茶を淹れた。
「シャンスは良いお茶の師匠になったな」
「そうですね。お陰で僕も好きなお茶が自由に飲めるようになりました」
「ところでユマ、実は言わなければいけないことがあるんだ」
申し訳なさそうなリューが、ポケットから何かを出す。
「誕生日にあげたアクセサリーですね。まだ持っていてくださったんだ」
「当たり前だ。だが今日、紐が千切れてしまったんだ。申し訳ない。どうにかなりそうか?」
「はい」
僕は千切れた紐を輪っか状にぐるりと巻き硬化の魔法をかけ、石にも圧力をかける。
きらりと光を放ったあと、圧縮された石は透明度を増し、輪っか状の紐は金属化する。さらに彩魔術で石に緑色をほのかに足した。
「美しいね、見事だ。しかし夕日が落ちようとしている、外に出よう!」
手を引かれて外に出ると大きな夕日が地平線と接している。
「わあ、綺麗ですね」
「ああ。そうだな。ここからだと邪魔になるものがなくて太陽が全部見られる」
辺りがオレンジ色に染まり、夕日は眩しいほどだった。
「リュー。私も、あなたに伝えなくてはならないことがあります」
リングとなった石英に夕日に反射させる。
「僕はこの世界に来て以来、ずっと全てに戸惑っていました。ここで生きていくという覚悟ができなかった。だから、あなたからの限りない愛情にも全く応えられなかった。ごめんなさい」
リューは真剣な顔でこちらを見下ろしている。日に透けた髪が金色に輝く。
「でも、あなたのお陰で少しだけ成長した今なら言えます。僕は、あなたとなら、協力しあって毎日を楽しく過ごしていける。あなたをもう孤独にしたくないし、僕ならずっと一緒にいてあげられる。他の人じゃだめです、あなたじゃなくちゃ。あなたが好きです。どうか僕とずっと一緒にいてください」
言いながら涙が零れてしまった。これまでの思いがやっと吐き出せて、重力がなくなったかのように心と体が軽い。
リューの手を取って、リングを指に嵌めた。
「泣かないで、ハニー。私も泣いてしまうから」
そう言うリューの目からは、もう涙が零れ落ちていた。
「リュー、愛しています。今まで言えなくてごめんなさい。愛しています」
「ああ、ああ、分かってる。私のたった一人の運命の相手、心から愛する人。ユマ、いつもそばにいる。私たちはずっと一緒だ」
肩に手が触れる。いつの時も温かくて優しい、安心させてくれる大好きな手。
大好きな笑顔が落ちてきて、やっと初めてのキスを交わす。二つの長い影が、一つになる。
リュー、僕の大好きな人。替えの効かない、世界で唯一の人。他の人なんて考えられない。僕はどうしてもこの人と一緒にいたい。
夕日はもう見ていられないほど眩しく辺りを染めている。小屋の周りに植えてあった花々が次々と咲きだす。
これは僕の魔術なのか、それとも。
「ふふっ。この世界にも愛する人に指輪を贈る慣習があるのか、シャンスさんに聞いておいたんです。大昔に廃れたとは聞きましたが」
「ああ、そういうことだったのか」
そして纏っているブルーのマントの中から指輪が出てきた。
「なぜだかシャンスが、すぐにユマに指輪を贈れと言ってきたんだ。とびきりの品を、と。よくわからないが、そういうものなのかと思って用意しておいた」
シャンスさんってば、そんなことを。
「ユマ、手を出して。これを贈る。私の方は魔術がかかっていないが、その分、君を愛すると誓う。苦しい時も楽しい時もずっと一緒だ。愛している」
指輪に控えめについた小ぶりの石は、透明で薄く赤みがかっている。指輪を嵌めた手を口元に寄せて見せる。
「リップと同じ色ですね」
「ああ、綺麗だ。今のあなたは内側から輝いていて宝石のようだ。出会った時よりも格段に美しい。私は一生あなたの虜だ。ユマ、僕をいつまでも隣に置いて」
これ以上ない愛の言葉が降ってきて、最後にまたキスをされる。
リューはいつでも言葉を惜しまない。苦手だと言っていたが、僕と出会ってからは常に一生懸命気持ちを伝えてくれた。そのお陰で今は、リューの愛を信じていられる。今までもらった分の言葉を、これからは僕も伝えていかなくちゃ。
夕日はいつの間にか落ちて、辺りを少しずつ闇が覆っていく。
「やっと気持ちを言えました。僕にとってはとても長かった」
「私はあなたの気持ちは分かっていたから、何も不安じゃなかったが」
「リューがよく言うその、僕の気持ちは分かってる、って何なんです? 最初は気持ちなんて分からないでしょ?」
いつもするその確信めいた言い方が、最初は理由なき自信なのかと思っていたが、今でもどこか腑に落ちなかった。
「だってラウの誓いができたからな」
「あれは……、ん? どういうことです?」
「想い合っているどうしじゃないと誓いができないだろう? 実が甘くならない」
「え? なんですって? 想い合っていないと、実が甘くならないんですか……?」
「そうだ。気持ちがなければ実は酸っぱいままだが、好きどうしなら途中で甘くなる。あの時とても甘くなっただろう?」
「……つまり、僕はあの時からあなたが好きだった? あなたはそれを知っていた?」
「そうだが」
いや、あの、今までそれを散々悩んでたんだけど? 自分の気持ちが分からなかったし、それを断定的に言うあなたに困っていたんだけど? しかも僕はリューに一目で惹かれていて、リューは最初からそれを知っていた……?
「僕の悩みは一体なんだったんだ……」
「どうかしたのか」
「いえ、何でも……。やっぱりリューは言葉が足りないですよ、説明が!」
「き、気を付ける」
「帰りましょう、皆さんが心配します」
「そうだな。ランプを取ってくる」
空にはいつの間にか白い三日月が浮かんでいる。
ここをもう少し改良して、夏には星を見ながら寝られるようにしようか。
僕にとってこの恋は始まったばかりだ。契約だけじゃないこの愛を、これからゆっくり真実にしていこう。
第二部(計4話・R18)に続く




