誕生日当日
「君は自然が好きなのか?」
「ええ! 花も好きですし、自然の中でリラックスするのが大好きですね~」
リューに、綺麗な水辺のあるところをリクエストしたところ、領地内の湖畔を選んでくれた。本当ならリュー以外の人に連れてきてもらうのがいいけど、それだと別の疑いを受けそうなのでこういうことになった。
「あなたがあんまり太陽の下にいたら倒れそうなものだが。無理をしないでくれ」
ぎくりとする。僕に体力がないのはバレているし自分でも認める。確かにまた倒れたりしないよう気を付けながらミッションを遂行しないと。
「今日はちょうどいい天候ですし、水辺は涼しいですから大丈夫でしょう」
そして、靴を脱ぎズボンを大きく捲り上げ水に足をつける。
それを見たリューは「わあっ……」と慌てふためき、数メートル後ずさりしていった。
くくく。作戦通り。僕もチョロい人間ではあるが、リューもなかなかだ。
水辺なら石を視認しやすいし、最初から丸みを帯びたものが見つかるんじゃないかいうと予想を立てていた。足で探ったりその辺を手でかき回したりして、少しでも綺麗な石を探す。これが割と綺麗、いやこっちの方が綺麗、と、一つ一つ比較していく。
リューは不自然に髪をかき上げたり、飲み物を飲んでむせ込んだりしつつ、こちらをチラチラ盗み見ている。今は気にしないことにしよう。
色味のある綺麗な石はいくつもある。ただあまりに大きかったり、濃すぎる色がリューに似合うと思えなかったり。しばらく探したあと、薄い色の、シーグラスのような半透明の小石をいくつかポケットに入れた。何の変哲もないが、磨けば生まれ変わることを願って。
布を広げて寝転がっていたリューのもとに戻ると、気づいて起き上がる。
「びしょ濡れじゃないか……何をしていたんだ。貸せ」
クロスを出して手足を拭こうとする。
「自分で拭けますよ」
「こんなに冷たくなって。火を焚くか」
「そこまでしなくても」
そう言うと腕を引っ張られて、後ろから抱きしめられる。
「また熱を出すぞ」
「もう、大丈夫ですってば」
リューが纏っていたマントを広げて、僕を一緒に包む。
見上げると空高くを鳥がゆったりと飛び、時々魚の跳ねるような水音が聞こえる。緑の香りで思い切り肺を満たして、リューに寄りかかって体重を預けた。
「きれいですね、この場所は」
「そうだな。私も好きだ」
「そうですか……」
「他にもいくつか好きな場所があるから、一つずつ連れて行こう。花の綺麗な場所がいくつもある。温泉もあるぞ」
「楽しみにしています。ここは自然が豊かですね」
「そのお陰でこの領地は豊かに暮らせている。ここは少し警備任務にコストはかかるが、それでも恵まれた場所だと言える」
リューは自分のことを幸運だと評している。生まれとか環境とかに愚痴を言う様子が一切ない。
「この場所が好きなんですね」
「ああ。ここに暮らせていなかったらと思うと、恐ろしくてたまらない」
リューの顔を見上げると、優しい目がこちらを見降ろしている。長い睫毛が日に透けて金色に輝く。
リューが黙ったままなので、口元をガードするように手を重ねて、いたずらっぽく笑ってみせる。
「手は許可を得たはずだが、まだ有効かな……」
真剣なリューの顔が近づいて、手の甲にキスを落とす。唇が触れるだけの、とても丁寧でゆっくりとした手のひら越しのキス。
リューの髪が落ちてきて額や頬がくすぐったいが、手をどかすわけにもいかない。そのままにしていると、リューが一層強く抱きしめる。
高鳴った心音が背中に伝わってくる。僕も同じぐらい心拍数が上がっているのがバレないといい。
目を閉じると時々遠くで鳥の声が聞こえる。それ以外はただ天からキスが降ってくるだけ。何度も、何度も。
***
髪を撫でられる感触で目が覚めたが、部屋にはまだ日が差し込んでいない。振り返ってみるとリューは寝ている。手のあった場所にもう一度頭を持っていくと、眠ったまままた撫でだす。面白くて笑いだしたら起こしてしまった。
「ん……どうした……」
とろんとした目で尋ねる。
「いえ……、なんでも……くっくっ」
体を震わせていたので笑っていることがバレる。
「おい、なんだ。言わないかっ」
「やめてやめて!」
横っ腹をくすぐられて転げまわった。寝起きから腹筋が死にそう。
「……はあ。リュー」
「うん?」
「お誕生日おめでとう」
「……」
リューは驚いてしばらく固まったあと、ゆっくりまた僕の胸に顔を埋めて丸まってしまった。
「どうしましたか、リュー」
「……こんなに幸せな誕生日は初めてだ。僕の元に来てくれてありがとう、ユマ……」
「リュー、こっちを向いてください」
「いやだ……」
抱き着いて動かなくなってしまったリューの髪をよしよしと撫でる。たった一言でこんなに喜んでくれるなら、僕も嬉しい。本当に純粋な人なのだ。
そうだね、まだもう少し。朝が来るまでもう少しこのままでいよう。
廊下をワゴンが通る音が聞こえて目を覚ます。ベッドにはリューがいなくなっているようで背中が寒い。
「リュー……?」
すると向こうで着替えていたリューが飛んでくる。
「ん、起きたか」
そのままリューの顔が、おでこに向かって近づいてきた。キスされる、と思ってびくっと体を硬直させると、リューは思いとどまった様子で手を取ってキスをする。
「おはよう、ハニー」
ほんの少しだけ、寂しそうな顔をしたのが見えた気がする。拒絶したように思わせたかな。そうじゃなくて咄嗟に構えてしまっただけだったんだけど。せっかくの誕生日なのに。
「まだ寝るかい?」
リューが着替えているのはベッドから見えるけど、何となく目を反らした。
「あ、いや、起きます……」
今日は気持ちよく送り出したい、その気持ちは間違いない。意を決してベッドを抜け出す。
「ね、ねえ、リュー……」
おでこに手を当てて俯いている僕を見ると、一瞬考えたあと、照れてリューも俯く。
「ユマ……、あなたという人は……」
「リュー……、早くして……」
どんどん恥ずかしくなってきて耐えられない。
「好きだよ、ユマ」
リューは僕の両肩に手を添えると、手の甲に勢いよくキスをした。
そして、きついほどぎゅっと抱きしめる。
「今日が今までで一番好きだ」
良かった、気まずい誕生日は回避できた。
「僕、後から行きます」
先にリューを部屋から出す。
「そうか、ではあとで食堂で」
そしてガチャッとドアを開けたリューが、驚いてこちらを振り返っている。
「このワゴンは……、全部あなたが?」
「僕のもあるけど、みんなからです。リューが気負わないよう、大げさじゃないものをってお願いしておきました」
廊下に置かれたティーワゴンの上には、この家の雇用人たちからの数輪の花やちょっとした菓子、カードなど、思い思いの品が積まれていた。
「あなたからのもあるのか? どれだ?」
そう聞きつつもリューは一発で僕の包みを当てた。
「そう、それです」
楕円型に研磨した半透明のガラスのような石英。飾り紐で編み込んで、根付状にした。
「ベルトなどに簡単に着けられるようになっています。ちょっとした飾りと言うか、チャームのつもりで。小さいし、あまり目立たないようにはしたんですけど……」
「つまり、あなたが作ったのか? そんなこともできたのか」
「ええ、いろんな人に助けを借りて……」
そこまで言うとまた僕を強く抱きしめる。
「もうさっきより好きになった。一生大事にする」
いやいや。重い物にしたくなかったし、馬にでも乗っているうちにすぐどこかに飛んでいくだろう。柔らかい布紐なんてすぐ千切れるだろうし、石も敢えてどこにでもあるものを選んだ。一生大事にしてもらうようなものじゃない。
……一生大事にするって、プレゼントのことだろうか。




