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契約書はよく読めとあれほど!  作者: 宇居 リンリ


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それではこちらにサインを

ユマ……本名、優馬。東京の美容室の階段で転落して転生。

リュー……本名リュフォイエル。大きな屋敷で一人で暮らしている美貌の貴族。

フォルメダ……魔術師でリューの友人。明るい性格。

シャンス……リュー屋敷の執事。

ヴィテー……リューの愛馬。かわいい。

 すると青年はわずかに目を細め、小屋を出て行く。

 あれ、機嫌損ねた? ちょっと待って、本当に!

 小屋の裏に回り込んだ彼を慌てて追いかけると、美しい馬が繋がれていた。なるほど、ここは馬のための休憩所だったのか。いい子で草を食べている。黒褐色の毛並みはつやつやで見事だ。きっとめちゃくちゃ愛情かけて飼われてる。

「僕、馬初めて見ます。とってもかわいいですね」

 僕が馬の近くに手を伸ばし、首をかしげて見せ、撫でてもいいのか顔色を伺う。

 青年はそれを見ると、お手本を見せるように自分も馬を撫でだした。おそるおそる触る。うわあ、か、かわいい! それに大人しくて、いい子!

 わかってる。正直、今はふれあい動物コーナーしてる場合じゃない。だが一瞬でいい、お馬さん、少しの間だけ僕を癒して現実から目をそむけさせてくれ、頼む! そう思うと今会ったばかりのこの子のかわいさが愛おしくて、もはや涙目になってきた。おっといけない、情緒が。


 青年は馬を繋いでいた縄を外して向きを整え、僕に片手を差し出す。(手を貸すから乗れ)と言っているよな。

 青年がジェスチャーを始める。ここに足を乗せろ。ここにつかまれ。

 覚悟を決めて、手を借りつつ思い切り勢いをつけて乗りあがってみる。青年がお尻を支えてくれて無事乗れた。

 高くてちょっと怖い。でも楽しい。青年にまた微笑んで見せる。


 青年も軽々と後ろに乗った。あ、君も一緒に乗るんだね。

 そして、片手で手綱を掴み、片手で俺の腹を抱え、馬に合図を送った。

 わあ、進んだ。あ、スピードが上がってきた。風を切っているね。……って、移動始めた感じ? ごめん、僕「坊ちゃん、乗ってみるかい?」ぐらいのノリかと思ってて……。あの、どこかに連れていかれてます?


 かといって、行く場所が聞けない。さっきから気づいている。この世界の人に、元の世界の言葉は通じない。

 今後一切の質問も相談もできないとなると、目の前の人に一か八か賭けてひたすら信用するしかない。

 けっこうまずい状況だ。この世界で生きていくビジョンが全然見えない。


 しばらく馬を走らせると、建物がちらほら見えるエリアに着いた。彼に拾ってもらえて良かった、一人で歩いていたら日が落ちる前に辿り着けたかどうか。

 白壁の大きな屋敷の中に入っていく。建物の基本的な構造は元の世界と共通しているし、僕から見ても特に変わった点はなく美しい。外から見る限り2階建てのようで、窓はたくさん並んでいるので相当面積が広そう。

 アプローチを抜けると、寄ってきた厩番らしき男性に馬を預けた。

 諦めて屋敷を見上げる。これ、この人の自宅だよな? 良い服着てるなとは思ったけど、すごく裕福なんだな。かなり身分が高いか相当重要な地位にある人なのかもしれない。だったらなおさら丁寧に接しておくのが正解だろう。


 青年は僕の手を引いてつかつかと屋敷の中に入っていく。迎えた従者っぽい男性と何やらまた話し込んでいる。男性は少し驚いた様子だったが、何かを指示されたのか下がっていった。

 小さい子供が親に手を引かれ大人の話が終わるのを待っている、そんな感じだ。僕は今本当に子供のように無力。しかも、親のような僕を保護してくれる人物もなく、こうして知らない人の家にのこのこ付いてきてしまう始末だ。


 入ってすぐの、やたら横幅の広い大階段を上がり、ある一室のソファを促される。内装も元の世界と近く、案外落ち着ける雰囲気だ――向かいの青年の張り付くような視線を除けば。電車で向かいの人がこんなに見てきたら、秒で移動する。

 仕方なく見つめ返して、えへへと微笑む。

 何しろ外見しか判断材料がないし、生死がかかっているので悪いけど観察するしかない。柔らかく波打つ髪、じっと見つめる切れ長の目、鍛えられた体つき、質の良さそうな服と靴。……うーん、お金持ちでかっこいいということしか分からない。美容やファッションは好きだけど、今は外見から得られる情報なんて何の価値もない。

 せめて敵意がないことを信じてほしくて、背筋を伸ばしスマイルをキープしておく。僕は知的、僕は穏やか、優しい、余裕があり、礼儀正しい。伝われ。

 すると先ほどの従者らしき男性が入ってきて、ワゴンから手際よくお茶を出してくれた。お茶をこんなにありがたく飲むのは初めてだ。マナーなどが共通なのかは心配だが、せめて従者さんと青年に謝意の目線と微笑みを送り、口にする。おいしい。元の世界で言うならフレッシュハーブティーといったところだろうか、レモングラスのような爽やかな香りがする。味わって飲み込むと、生命力が戻っていくようだった。青年と従者にもう一度微笑む。


 青年はその様子を見ると、従者に何かを言う。従者は書類とペンを見せ、何かを説明してきた。

いや、だからわからないのよ。

 その書類には、上のほうに何か文章があって、その下にサインする箇所があるっぽい。何かの契約書のようなもので、それに署名しろと言っている?

 絶対しちゃだめなやつ。内容わからないのにサインするやついないから。

 青年と従者は黙ってじっとこちらを見ている。素直に考えれば、悪い人たちには見えないんだよな。でも詐欺に引っかかる人はみんなそう思うんだろうし。今彼らしか頼る人がいないから僕がそう思いたいだけという可能性はある。たぶん、この家の下働きとか、雑用係とかの、仕事の契約とかじゃないかな?そういうのは紹介が要りそうなものだけど、特例にしてくれるのかな。僕が無一文なのは予想できているはずだから、何かを買わせるとかじゃないとは思うし……。

 僕に他の選択がなにかあるだろうか。書類を見つめて考え込んでいると、従者が一歩下がった。何となく気配を追っていると、部屋のドアを音もなく少し開け、こちらを振り返り、肩をすくめる。

 ひっ! サインしないなら出ていけと?

 青年は背後に気づいていない。おにいさん、あなたの従者、めっちゃ脅してきてます!

 やっぱり僕には選択肢なんてなかったんだ……。諦めよう。

 そうか、本名なんてバレないし、適当でいいか。

 本当の名前は優馬だけど……。あー、えーと。

「ユマ・アーエート」

 適当すぎたかな。まあ日本語で書いたから誰も読めないでしょ。

 従者が飛んできて書類を確認する。青年にもそれを見せたあと、それを持って部屋を出ていった。


 青年が立ち上がり、手招きする。部屋のドアまで行くと、また手を取られた。迷子にでもなると思っているんだろうか。でも、少なくともこの人は悪い人じゃないんだろうという安心が持てるのは悪くない。さっきの従者と比べれば、この人は不愛想だけど優しく見える。

 どこに行くんだろう? 早速仕事か? 皿洗いとかだったら手が荒れるだろうな。

連れられて行くとそのまま外に出て、待機させていた馬にまた乗せられる。あれ、どこに行くんだ? まさか屋外労働? 日焼けとか無理だって。僕にできるのかなあ……。

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