家庭教師開始・リューの歳を知る
「やあ、ユマ、来たよー」
精製水や、何かの鉱石、乳鉢やシャーレなどが入った魔術学スターターセットのようなものを手土産に持ってきてくれた。フォルメダは少年のような明るい笑顔をくれる。彼もまた親切で優しい人だ。こっちの世界に来てから人の良い面のほうを見れるようになったのかな。いや、やっぱりここの人たちは良い人が多い。
「ユマの部屋、花の香りでいっぱいだねえ。で、ユマはなにか魔術でやりたいことある?」
「僕、化粧品を作ってみたいんです。例えばこういう……」
リューのくれた化粧品類を見せながら説明する。
「これでも良いんですけど、もっと改良できたらって。効果とか香りとか」
「へえ、それは最初の目標として良さそうだね」
そこへイェティアがお茶を持ってきてくれた。
「ありがとう、イェティア。良かったら少しだけ一緒に話さない?」
「えっ、私もですか?」
「うん。僕この人にこれから魔術を習って、質の良い化粧品を作りたいんだ。フォルメダ、彼女はイェティア。昨日化粧品の話で盛り上がったんだ」
「イェティアだね、初めまして。よろしく!」
フォルメダがイエティアにも明るい笑顔を向ける。
それから3人で、化粧品についてあれこれ話した。
「へえ、君の世界では男性も化粧をするのか」
「ほんの少しです。やっぱりこっちの世界ではいないでしょうか」
「あんまり聞かないなあ」
「そうですか。リューはつけてみたいって言ってましたけどね」
「……ええっ!? リューが?」
「あ、いやリップをですよ、僕の」
「君たちは随分……、その、充実しているみたいだね……」
「いや、そうじゃなくて、膝枕していたらたまたま……」
「あわわ、奥様ったら、それ以上はっ……!」
居たたまれなくなったので座談会はそこで終了し、その後はフォルメダと机に向かった。
世界にどんな植物や食材があるかも聞けた。フォルメダは術式に限らずそもそもの知識が豊富で頼りになる。
ノック音がして、イエティアが戻って来た。
「奥様、フォルメダ様はもうお帰りになったのでしょうか?その、お見送りしたかったのですが」
「さっき帰ったよ、呼ばなくてごめんね。それでイェティア。午後、少しキッチンにお邪魔してもいいかな?」
「大丈夫だと思いますよ。何をなさるんです?」
「気分転換に、なにかお菓子でも作りたいなって」
***
夕方、いつものソファに腰掛け読書を続けていると、柔らかな鐘の音が聞こえる。リューの帰宅を知らせる合図だ。
まっすぐ僕の部屋に向かってくる足音がする。
「ただいまハニー」
「おかえりなさい、リュー」
近寄ってきて、ぎゅうと抱きしめられた。
「おかえりだって? 素晴らしいな、うちの奥さんは」
何をしても褒められるのにも、慣れてきた。
「帰ってきたとき、僕も毎回出迎えた方がいいですか?」
「いや、どこにいても一番にあなたに会いにいくから、そのままでいい」
「そうですか……」
「ああ、最高だな。家に帰ると愛する人が待ってくれているというのは。これ以上望むものは何もない」
テーブルに置いてあったジャムクッキーを口に放り込み、さも当たり前かのように膝に頭を乗せてくる。
「どうだった、家庭教師は。疲れたか?」
「リュー。口に合いましたか? だと良いんですが」
そう言われて一瞬考えたリューは、目を見開いたあと今のクッキーの感想を述べだした。
「……ああ。どうりで、最高に美味しいと思った。やっぱり私は世界一幸せだ。愛する人がクッキーを作って待っていてくれるなんて。世界一のクッキー、世界一の奥さんだ」
「ふふ。ただのジャムクッキーですよ」
「まさか。世界に一つの味だぞ。20年間で一番だ」
「……ん?」
「世界一美味い」
「いや、そうじゃなくて、20年って何の話ですか?」
「生きてきたなかで一番美味いって言いたかったんだが、私はまた言い方を間違えたか……?」
「リューは……、20歳なの?」
「そうだが?」
当然年上だと思ってたのに。いや、黙ってれば凛々しくて大人っぽいけど、言われてみれば二人になると子供っぽいときあったな……。
「それがどうかしたのか?」
「いや……」
それがどうかしたかと言われると……、うーん、別に何も関係ないか。
リューも、僕の歳なんて気にする様子もない。以前、過去の恋人について聞いたときも、リューからは何も聞き返してこなかった。多分、そういうことは彼にとってどうでもいいことなんだ。
「来週にはもう21歳だが」
「えっ、そうなんだ」
……本当に僕たちは、知らないことが多すぎる。
「一応聞きますけど、シャンスさんはおいくつです? フォルメダさんは?」
「シャンスは28だったか。フォルメダは23ぐらいだったと思う。正確にはわからないが」
他の人は大体予想通りだった。この世界の人はみんな年齢不詳なのかと。
ふうん、そうか、来週なのか。誕生日。




