お勉強しましょう
屋敷に帰ると、夕食までさっそく読書の時間にした。部屋に飾った花の香りで、気分が上がる。
リューは領地管理の仕事があるようで執務室に篭っている。朝から晩までよく働く人だ。間を縫って僕の相手までしてくれてすごい。僕は別に働きたいわけでも勉強したいわけでもないはずだけど、隣にいる人にこうもバリバリ働かれると、僕だってという気持ちになる。
なんとか、僕にもできることがここで見つけられたら。
当面欲しいものは、まず使い心地の良い洗顔料、保湿剤、リップ、それからシャンプーやトリートメントに、日焼け止め。このあたりを作って快適に過ごしたい。もし良いものができたらイェティアにも分けてあげたいし、たくさんできたらお店を出したりなんて。そんなのいつ実現できるのかわからないけど、こういうのは目標を設定するのが大事だって聞く。既にある商品でもじゅうぶんではあるけど、もう少し質を上げて元の世界で愛用していたような絶妙な使い心地のものに近づけたい。
そのためにまずはフォルメダのお薦め本で魔術の基本を叩き込もう。
夢中になって読んでいたので、ドアをノックされて飛び上がる。もう夕食の時間らしい。
屋敷に来て初めて食堂へ入る。リューはまだだったので、こっそり持ってきた本を膝の上で読んで待つ。
屋敷のことはほとんど何も知らない。機会があれば少しずつ部屋を見せてもらいたい。リューがこの家で具体的にどういう暮らしをしてきたのかを知りたいから。僕も大学以降は一人で暮らしてたけど、一人は好きだし、部屋が狭いからこそ快適だった。リューはどうなんだろう。広い家に一人ってかえって寂しくなりそうなものだけど。
ここでは集中できないようなので、本は閉じた。
「待たせてすまない」
「いえ、僕も今来たところです」
「ユマ、ちょっとおいで」
「?」
リューは僕の手を取り別の部屋へ連れていく。
あれ、食事はしないの?
大広間に着くと、長いテーブルにいくつもの料理が大皿で並んでいる。立食形式のようで、およそ二人分とは思えない品数と量。この家の雇用人たち10人前後も僕たちを待っていた。
「この家ではいつもこんなに豪華な食事をしているのですか?」
「まさか。私はいつも簡単に済ませていた」
「ではこれは?」
「結婚の祝いとして、今日は全員参加のパーティーとした。昨日できなかったからな」
「そう、でしたか……」
誓いや届け出の上だけじゃなく、結婚がどんどん事実として定着していく。街の人や従業員に見られてお祝いをされる。その人たちに今の戸惑いを吐露したところで困らせるだけだし、あまり大勢の前でリューに恥をかかせるようなことも嫌だ。かといって浮かれてみせるのも違うし、本当に困った。
僕の気持ちさえ、それさえついてくれば何も問題のない幸せな結婚なんだけど……。
リューが近づいてきて囁く。
「ユマ、そんなに不安にならないでくれ。ちょっとみんなに顔を見せるだけでいい。そうすれば今夜従業員たちはみんなパーティーを楽しめる。残りの仕事を休んでね。私たちは途中で退席すればいいんだ」
「ああ、そういうことでしたか」
そうか、お祝いっていうのは、他のみんなを[[rb:労 > ねぎら]]ってもてなす意味もあるんだ。長時間ずっとにこにこしてみんなと雑談するのかと思った……。でもよく考えたら僕以上にそういうの苦手なリューがそんなこと企画するはずない。自分も本当は得意じゃないけど、僕とみんなのためにやってるんだ。
それなら僕だって協力ぐらいしないと。大学の飲み会の豪華版だと思って、どうにかやり過ごすぞ……!
「奥様、ご主人様のどういうところを好きになられたのですか?」
瞳をキラキラさせたメイド軍団に囲まれた。イェティアもいる。
「ええと……、そうだなあ、うーん、あの眼が好きかなあ……」
メイドたちの瞳の輝きがどんどん増していく。答えを考えながら絞り出す様子が、傍から見るとちょうど照れているように見えるらしい。弱いくせにお酒の力を借りつつ、冷や汗をかきながら難問に挑んでいく。
リューは隣で嬉しそうにグラスを煽っている。たぶんこれは、堂々と僕の腰に手を回すことができて単純に機嫌が良くなっているだけだ。そもそもみんな主に僕に話しかけにきている。なんだか、会話が苦手なリューの盾になっているような。
「さてユマ、私たちはそろそろ失礼して食堂で食事するか?」
「あの、もうけっこう食べましたし少し酔ってきたので、このまま部屋に戻ってもいいでしょうか?」
「ああ、そうしよう。あの鳥のロースト、明日の朝サンドイッチにしてもらおうか」
そういってこちらを見つめている。まあ、リューが楽しかったならいいか。
「なんでリューまで私の部屋に来るんですか」
「夫夫なんだから、一緒にいるのは普通のことだ」
「お茶が淹れにくいですから! 離れてください!」
「あと10時間だけこうしていたい」
「リューの分も淹れますから、そこに座って下さい」
「……」
リューは仕方なくソファに座って待った。彼の前にカップを出して向かいに座ると、すばやく回り込んできて隣に座った。もう今度からは最初からリューの隣に座ったほうが早いな……。
「本の続きを読んでもいいですか? せっかく貸していただいたので」
「読み聞かせしてくれ」
「何言ってるんです……」
リューは残りのお茶を飲みほすと、するりと身を捩らせて僕の太腿に頭を乗せた。
「ちょっ、もう……」
リューが僕の頬に手を伸ばす。
「あの化粧品類はもう使ったのか?」
「いえ、あれは洗顔の後に使うんです」
「あの小瓶もか?」
「あれは……」
「うぐ……」
テーブルの真ん中に置いてあったそれに手を伸ばす。リューは少しの間僕のお腹に挟まれているが、知ったことじゃない。
「これを少し指に取って、こうして塗って……」
上唇と下唇をすり合わせてぱっと開く。
「こうやって使います。唇は乾燥しやすいので……、あれ、リュー?」
リューは僕の唇を見上げたまま、口を開けてわなわなと手を震わせている。男性がスキンケアするのはやっぱり奇妙に映るのだろうか?
「変でした? リューは使わないでしょうけど……」
「私もっ、使おうかと思う!」
「え」
「か、貸してくれ」
「いや……、なんか嫌です」
「塗ってくれ」
目を閉じて胸の上で手を組んでいる。
「じゃあ塗ってあげますからそのまま待っていてください」
「……まだか?」
「まだですよ」
「……」
しばらくして目を覚ましたリューが「リップは」と言っているので、「夢でも見たんですか」と答えておいた。




