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契約書はよく読めとあれほど!  作者: 宇居 リンリ


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12/23

買い出しと食事

 街に着くと一つ誤算があった。

 昨日、魔術店から出てきたのを何人にも見られていたので、一晩明けたら結婚の噂はもう町全体に広まっていたらしい。この辺の人たちはみんなリューの顔を知っているらしく、僕とリューを見かけるとちらちらと視線を投げかけられる。駆け寄ってきてお祝いを言ったり、花や果物をくれる人もいる。

 とは言えその人たちに不愛想に接するわけにもいかない。それに相手に嫌な印象を与えるのはこれから暮らす上で自分の首も絞める。これまで積み上げてきたというリューの評価も下げるかもしれない。結果として僕はずっとにこやかに歩き挨拶も全て返すことになってしまった。まるで結婚のお披露目に来たようなものだ。改めてもう引き返せない状態なんだと実感した。

「化粧品が見たいんだろう、ありそうな店に行こう」

「ぜひお願いします」

 ついテンションが上がってしまう。元の世界ほどではなくても、少しでも良さそうなものがあるといい。心にも栄養が必要だ、今は特に。

「きゃ……」「わっ……」

 店には女性客がたくさんいて、一斉に視線が集中した。さすがに気まずい。

 店員さんがついてくれて、良い香りのする洗顔料と、昼用と夜用の保湿剤二種類、それとほんのり色づくリップバームを見せてもらった。イエティアと話したときも思ったけど、この世界の化粧品は最低限必要なものはじゅうぶんあるし、当面はさほど困らないように思う。違いは、自然由来のものがかなり多そう、ということぐらい。

 しかしここで初めて気づいた。僕はリューに「これが欲しいので買ってください」とはどうしても言えない。考えてみれば、他人に食料をくれとか、服をくれなんて、言った経験がない。元の世界では仕送りに頼ったままだったが、それは家族だからで、昨日知り合ったばかりの同い年ぐらいの人にはどうしても頼めなかったのだ。自分じゃ何もできないくせに、それを認めて人に頭を下げることができない。

「それが欲しいのか?」

「いや、ええと、今日は大丈夫です。また今度で……」

「買い出しをするために出てきたんだから、買って帰ろう」

 欲しいけど、でも絶対必要かと言うとそうじゃない気もしてきたし……。

「ええと……、考えを整理したくて……」

「……ユマ、ちょっと」

 リューが手を引いて人気の少ないところまで連れていく。店からはパステルブルーの袋を持った女性客たちが楽しそうに出ていく。

「ユマ、遠慮しているのか」

 リューは僕の顔の高さまで屈んで話す。

「いや、ええと、どうしても欲しいわけじゃないかなって……」

「ユマ。私たちはもう夫夫なんだ。これはもう揺るがない事実で、あなたと私は対等な関係だ」

「そうだとしても、僕はまだいっさい収入がないし……」

「昨日来たばかりでそんなものあるわけない。この先収入を得たいんだったらそれでいいじゃないか」

 うーん、まあその通りかもしれないけど……。これ、気持ちの問題だ。理屈じゃない。こんなに優しい言葉をかけてもらってるのに、頼めない。余計なプライドを捨てられないんだ。

「まったく、私の奥さんは本当に意地っ張りだ」

 小さなため息とともに、頭にぽんと手を置かれる。

「わかった、また今度にするか」

「はい」

 すると急に気が楽になった。問題を先送りにしただけなんだけど。

 気を取り直して商店街へ戻る。今日は買わないと決めたらかえってウィンドウショッピングを楽しめるかもしれない。

「ここは花屋ですね」

「そうだな。ユマは花は好きか?」

 薔薇や牡丹をイメージしながら答える。

「もちろん。花弁が幾重にも重なった大きな花が好きです。あと良い香りのもの。リューは花には興味はないですか?」

「大好きだ」

 リューは優しく笑っている。無理に元気を出しているのがリューにはバレている。


「昼食がまだだっただろう。何か食べないか?」

 カフェらしき店の前で立ち止まる。

「嫌いなものはあるか?」

「どうでしょう、元の世界では特にありませんでした。朝食にも嫌いなものは特になかったです」

「じゃあこれから色々試していくといいな」

「それと僕、この世界のマナーについて不安なんですが」

「私が教えよう。まず、食事の前にはキスを――」

「リュー、あの席がいいです」

「……」

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