考え事はお風呂場で・買い出しに出かける
イェティアにもらった保湿効果のある薬草を浴槽に入れた。全身を湯に浸けると生き返った心地になる。清潔な暮らし最高、湯舟最高。昨日始まったのが野営サバイバル生活じゃなかっただけマシだと考えよう。
そうはいっても、これからどうしていこうか。この家においてもらえるならまず食べ物には困らないだろうけど、それだけじゃ嫌だ。前世で何もしていなかったのと変わらない。そんなの生まれ変わってまで続けることじゃないな。
前の世界はどうなっただろう。ここ最近は就活とその失敗で友人たちとはすっかり疎遠になっていたから、心配してくれている人はいないかもな。僕の美容アカウントにも大した興味持ってもらえなかった。親孝行もできなかったし。……僕が生きてた証みたいなもの、何か一つでも残せたのかな。だめだ、虚しくなってくる。前世のことを振り返るのは後にしよう。今の状況を嘆くのも後にしよう。
なにかをしたい。特技もないし、手に職もないし、美容についてだって別に専門知識はないけど……。いや、ないものを数えてもきりがない。例え大したことはできなくても、この世界で僕ができることを探していきたい。まずはこの世界の暮らしについてもっと知らないと……僕は今、常識すらもない状態だ。昨日行った街とかをもう少し見て回ったりとか、いろいろ見学して社会勉強させてもらえないかな。怖いけど、外に出ないと。
鏡の前に立つと、昨日何もケアせず寝た割に肌は特に荒れていない。内側から潤っているような印象だけど、昨日は昼にコーヒーチェン店でLサイズのカフェラテとチョコチップクッキーを食べただけだ。やっぱり睡眠が一番の栄養ってことかな。
浴室を出ると、ドアのすぐ前に立っているリューに腰を抜かしそうになる。
「うわあっ! もう! 脅かしたいんですか?」
「すまない、迎えに来ただけだ」
「風呂の迎えとかいらないですよ……」
「できるだけ毎日する」
今度からはリューが帰ってくる前に入浴を終えるようにしよう。
「部屋に戻るろう。髪を拭いてやる」
「もう十分拭きましたって」
「また熱を出すぞ」
今日もまたリューに手を引かれて歩く。もうこれは諦めよう。いちいち気にしても仕方ない。譲歩できることは全部しよう。
リューの部屋に連行されソファに座らされる。リューが後ろに座ってきたが、ほとんど乾きつつあったのでやはり髪を拭く様子はない。
「そこじゃなくて、隣に座っていただけませんか……」
「いや、髪を」
そういって後ろから抱きしめて、髪に顔を埋めた。これがしたかったのか。もう根負けしてきたのでそのままにさせておく。もしかしてこの人ってもともと好きな人には距離が近いタイプなのかな?
「リューはこれまで恋人はいたんですか?」
「まあ、スゥ、いなかったといえばいなかったな、スゥ」
絶対、髪の匂いを嗅がれている。
「気になるか?」
顔は見えないがにこにこしているのがわかる。いや、パートナーとして聞いたんじゃなくて。ただどういう人付き合いをしてきたのか生き物として知りたかっただけで。
「いえ全然」
「……スゥーーーー」
「やめてください!」
リューが僕の肩に顎を乗せて話し出す。
「語れるようなことはない。私はこれまであまり他人に興味がなかった。それが急に人が変わったようになってしまって、自分でも戸惑っている」
そうか。初めてなのもあって加減が分からないのかな。
「極端な人ですね」
「そうだな。これからは働き詰めではなく自分の生活も大切にしていかねばと思っている。管理業務に集中して、現場に出るのは他の者たちに任せていくつもりだ」
「リューは部下や領民たちからも慕われてるって聞きました」
「そうだといい。彼らのお陰で今の私がある」
ただ現実逃避のために仕事にかまけていたんじゃない。きっと彼なりに、人の役に立ちたかったし、喜ばせたくて頑張ったんだろう。その結果が付いてきただけだ。
「今まで努力なさってきたこと、尊敬します。だから僕も外に出て仕事を得たりしてみたいんです」
「どこへ行くんだ?私を一人にするのか?」
「何もせずずっと家にいるのはいやですよ。外に出てみたいんです」
「どこへでもいいのか? 街での買い物ぐらいなら今すぐにでも連れて行ってやれるが」
「もちろんそれでも嬉しいです。疲れてなければ、ぜひ」
「よし、今から出かけよう」
そう言ったもののリューは全然動かない。
「あの、リュー。支度をしてきますから」
リューは名残惜しそうに少しずつ体を離してくれた。
今日は馬車を出してくれた。別に乗せてくれるなら馬でも馬車でもかまわない。車内でべったりと手を繋がれることも、もう想定内なので驚いたりしない。
「見たいものや欲しいものがあったらすぐ言ってほしい。当面必要になりそうなものをたくさん買っておこう」
「そんな……。家においてもらってるだけでありがたいので無理は言いません」
「ユマ。私はあなたを家においてあげているわけじゃない、愛する人と一緒に住んでるんだ。そんな言い方はよしてくれないか。二人の家なのだから、一方が卑屈になる必要は一つもない」
「ああ、すみません……、ありがとうございます」
ちょっと卑下するみたいな言い方になっちゃったかな。リューからしたら悲しいのか。彼の少し下がってしまった眉を見て思い至った。
「今まで金の使い道などなかったし、何か良いアイデアがあったら教えて欲しいんだ」
「わかりました」




