第5話 消えない灯火
夜警隊の詰め所にある「開かずの間」こと資材倉庫。
そこが今、私の新しい城になっていた。
作業台には、分解された魔導銃や通信機が並んでいる。
以前のようなゴミ山ではない。
部品ごとに分類され、磨き上げられ、出番を待っている「宝の山」だ。
「よし、これで調整完了」
私は最後のネジを締め、愛用の拡大鏡を首から外した。
手元にあるのは、小型の魔導通信機だ。
以前はノイズだらけで使い物にならなかったが、アンテナの素材を真鍮からアイアン合金の廃材に変えたことで、感度が劇的に向上している。
『隊長、聞こえますか? こちら三番隊、東エリア異常なし』
『クリアに聞こえる。……リディアの調整は魔法だな』
受信機から、ダリウスの声が鮮明に響いた。
「魔法」という言葉に、私は苦笑する。
魔法じゃない。
ただ、機械が一番楽な姿勢を取れるようにしてあげただけだ。
ここ二週間で、状況は一変していた。
私が夜な夜な街灯を直し、昼間は装備をメンテナンスするようになってから、影魔の被害が激減したのだ。
特に街灯の効果は劇的だった。
私が直した灯りは、なぜか通常の魔導光よりも「影を焼く」力が強いらしい。
影魔が光の縁に触れただけで逃げ出すため、隊員たちの負担は大幅に減っていた。
ドアがノックされ、若い隊員が顔を出した。
以前、街灯の下で会った彼だ。
「リディアさん、お茶が入りましたよ! あと、これ差し入れです」
「あ……ありがとう」
差し出されたのは、下町で人気の焼き菓子だった。
隊員たちは皆、私に優しい。
最初は「女に機械がいじれるか」と懐疑的だった彼らも、今では私の前で直立不動の敬礼をする勢いだ。
「女神の整備士」なんて恥ずかしいあだ名までつけられている。
(……幸せすぎて、怖い)
温かいお茶を飲みながら、ふと思う。
こんな生活が、いつまでも続くわけがない。
私は家を追放された身だ。
いつか、この平穏な日々にひびが入る時が来る。
その予感は、最悪の形で的中した。
ドンッ!
突然、詰め所の入り口の方で大きな音がした。
怒鳴り声が聞こえる。
「隊長を出せ! 魔法省設備局の者だ!」
心臓が跳ね上がった。
魔法省。
魔導具の管理や予算を司る、国の中枢機関。
一番、関わってはいけない人たちだ。
若い隊員が青ざめた顔で私を見た。
「リディアさん、隠れて! 奥のロッカーへ!」
「は、はい」
私は慌てて作業台の下に潜り込み、資材用の木箱の陰に身を隠した。
すぐにドカドカと足音が近づいてくる。
革靴の、硬くて偉そうな足音だ。
「ここが整備室か? 随分と小汚いな」
鼻にかかった、甲高い男の声。
香水のきつい匂いが漂ってくる。
続いて、ダリウスの重い足音が響いた。
「ここは関係者以外立入禁止だ。視察の予約は入っていないはずだが」
「公務に予約などいらんよ、夜警隊長。……単刀直入に聞こう」
男はそこで言葉を切り、わざとらしく鼻を鳴らした。
「なぜ、下町の街灯が稼働している? 『全機廃棄』のために予算を凍結したはずだろう」
私は息を止めた。
廃棄?
修理する予算がないのではなく、捨てるつもりだったの?
「我々の調査では、稼働率は先月の三割から八割まで回復している。しかも、妙に光が強い。……これでは困るのだよ。行政計画に支障が出る」
「市民の安全よりも、計画が大事か?」
「当たり前だ!」
バンッ、と机を叩く音がした。
「あの旧式街灯はもう寿命だ! 危険なんだよ! だから我々は、あれを全て撤去し、更地にする計画を立てている。勝手に直されると、老朽化の認定が降りないだろう!」
男の言い分は、一見もっともらしく聞こえた。
古い機械はいつか壊れる。
だから新しくする。それは正しい。
でも、それまでの間、市民はどうやって夜を過ごせばいいの?
(私のせいだ……)
私が直してしまったから。
私のせいで、「老朽化した危険な機械」という認定ができなくなり、ダリウスが責められている。
冷たい汗が背中を伝う。
震え出しそうになる体を、必死で抱きしめた。
ダリウスの低い声が響く。
「更地にする? その後の代替案もなしにか? 現状、新型機の導入スケジュールなど聞いていないが」
「それは……これから決まるのだ! とにかく、これは命令だ。違法な独自修理はやめろ。これ以上、省の方針に逆らうなら……」
男の声が、ねっとりと低くなる。
「夜警隊への給料も含め、予算配分を完全に見直させてもらうぞ」
足音がこちらへ近づいてくる。
見つかる。
私の姿を見られれば、「違法修理の実行犯」として捕まる。
そして尋問されれば、公爵家との関係もバレて──。
私は目を瞑り、奥歯を噛み締めた。
ガシャッ!
鋭い金属音が響いた。
ダリウスが、男の前に立ちはだかった音だ。
「どけ、隊長。この部屋も検査する」
「断る。ここには機密扱いの対魔装備がある。許可なき者の接触は、騎士団規定により排除する」
ダリウスの声には、殺気に近い威圧感が篭もっていた。
空気が凍りつく。
「き、貴様……たかが下町のドブさらい風情が、魔法省に盾突く気か!?」
「俺の部下と街を守るためなら、相手が誰だろうと斬る。……試してみるか?」
剣呑な気配に、男がたじろいだ気配がした。
しばらくの沈黙の後、男は悔しそうに捨て台詞を吐いた。
「……いいだろう。今日のところは見逃してやる。だが覚えておけ、組織に逆らって生きられると思うなよ」
荒々しい足音が遠ざかっていった。
扉が閉まる音がして、ようやく部屋に静寂が戻った。
私は震える足で、木箱の陰から這い出した。
「……申し訳、ありません」
声が震えた。
ダリウスの背中が遠く見える。
「私のせいです。私が勝手なことをしたから、皆さんの立場まで……」
「リディア」
ダリウスが振り返った。
怒っているかと思った。
けれど、その瞳は静かだった。
「謝るな。奴らの言う『計画』なんぞ、どうせロクなものじゃない」
「でも、廃棄が決まっているなら……」
「嘘だ。本当に市民を思うなら、代替機を用意してから壊すはずだ。あいつらは、ただ街灯を消したがっている。……その裏に何があるかは分からんが、君の光が邪魔だということだけは確かだ」
ダリウスは私の前に歩み寄り、膝をついて目線を合わせた。
大きな手が、私の震える肩を掴む。
「君が直した灯りは、絶対に消させない。俺が必ず守る」
「隊長……」
「だから、君も諦めるな。……君がいない夜は、もう暗すぎる」
その言葉は、どんな甘い愛の囁きよりも、私の胸を熱くした。
必要とされている。
私の技術が、存在が、この人の力になっている。
恐怖は消えていなかった。
権力者の悪意は、影魔よりも恐ろしいかもしれない。
けれど。
「……はい。私も、戦います」
私は顔を上げた。
この人の隣でなら、戦える気がした。
私の武器は、この手と工具だけだとしても。
◇
その頃、魔法省の豪華な執務室では。
戻ってきた視察官の報告を聞き、恰幅のいい男──設備局長が、ワイングラスを揺らしていた。
「なるほど。夜警隊が独自に修理している、か」
「はっ。おかげで街灯の稼働率が下がらず、このままでは『老朽化による全廃』の申請が通りません」
局長は不愉快そうに舌打ちをした。
「忌々しい。あと少しで既存の街灯が全滅すれば、市民はパニックになり、我が省が提携している『新型セキュリティ装置』を高値で導入せざるを得なくなるというのに」
「ええ。あの高額な装置を独占契約すれば、我々に入るキックバックは莫大な額になります」
局長は歪んだ笑みを浮かべた。
自分たちの懐を肥やすためだけに、わざと街の安全を脅かす。
そのシナリオを、名もなき修理屋が狂わせているのだ。
「面白い。予算などという生ぬるい締め付けでは足りぬようだな。……おい、『あれ』を用意しろ」
「えっ? しかし、あれを使うと下町全体が……」
「構わん。影魔に食い荒らされれば、誰も原因など追求できん。生意気な夜警隊もろとも、闇に葬ってやる」
悪意の歯車が、音を立てて回り始めていた。
金と欲のために仕組まれた、決定的な夜が迫っていることなど知らずに。




