表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられた令嬢は夜を直す〜機械の声と煤まみれの恋が灯るまで〜  作者: 九葉(くずは)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/10

第4話 言葉より雄弁なメンテナンス

 出されたスープは、驚くほど美味しかった。

 野菜がくたくたになるまで煮込まれ、冷えた体に染み渡る。


 私は夜警隊の詰め所にある、隊長室のソファに座っていた。

 向かいの執務机には、ダリウス・ヴァイデル隊長。

 彼は書類の束と格闘しながら、時折こちらをチラリと見る。

 まるで、迷い込んだ野良猫が逃げ出さないか見張るような目だ。


「……美味いか」

「はい。とても」

「そうか。部下に作らせた甲斐がある」


 会話が途切れる。

 気まずい。

 私は空になったカップを両手で包み込んだ。

 手当てされた指先が少し痒い。治りかけの証拠だ。


 本来なら、私は今すぐここから逃げ出して、廃工場に引きこもるべきだ。

 公爵令嬢だった過去がバレれば、どんな目に遭うか分からない。

 けれど、彼──ダリウス隊長は、私の名前も素性も聞いてこない。

 ただ「君の技術が必要だ」と一点張りだ。


「単刀直入に言う」


 ダリウスが書類を置き、身を乗り出した。

 琥珀色の瞳が私を射抜く。


「夜警隊の専属技師になってくれ。身分は問わない。報酬も弾む」


 やっぱり、その話だ。

 私は首を横に振った。


「……無理です。私はただの、修理屋ですから」

「謙遜は不要だ。あの中央魔導灯を直せる人間が、ただの修理屋なわけがない」

「目立つことはできません。事情があるんです」


 私が俯くと、ダリウスは短く息を吐いた。

 諦めてくれただろうか。

 そう思った次の瞬間、彼は立ち上がり、部屋の奥にある重厚な扉を開け放った。


「なら、これを見ても断れるか?」


 私は何気なくその先を見た。

 そして、絶句した。


「……な、何ですか、これは」


 そこは倉庫だった。

 いや、墓場だ。

 魔導剣、通信機、防護結界の発生装置。

 ありとあらゆる装備品が、山のように乱雑に積み上げられている。


 どれもこれも、壊れている。

 刃こぼれした剣、魔石がひび割れた銃、回路がショートした盾。


「予算が下りなくてな。修理に出す金もない。騙し騙し使っているが、もう限界だ」


 ダリウスの声には、諦めと怒りが混じっていた。


 私の鼓動が早くなる。

 怒りだ。

 道具に対する、扱いへの怒りじゃない。

 こんなになるまで酷使され、放置されている道具たちの「痛み」が、一斉に流れ込んできたからだ。


『痛い、折れてる』

『まだ切りたい、守りたいのに』

『錆びて動かない、ご主人様を守れない』


 道具たちの無念。

 忠誠心。

 それが、私の理性を吹き飛ばした。


「……最低です」

「あ?」

「こんな状態で戦わせるなんて、道具への冒涜です! 彼らが泣いてるのが聞こえないんですか!?」


 私はソファから飛び起き、倉庫へと駆け込んでいた。

 ダリウスが目を丸くしているのが視界の端に見えたが、構うものか。


 私は手近な魔導剣を一本掴み取った。

 柄の革が擦り切れ、魔力伝導路がズタズタだ。

 これは……ダリウスが使っていた剣だ。


『重い……ごめんね、重くて』

『もっと速く振られたいのに、軸が歪んでる』


 剣の声が聞こえる。

 そして同時に、この剣を使っている持ち主の「癖」も見えた。


 ……左腕。

 ダリウスは、左腕を庇っている。

 古傷があるのか、握力が弱い。

 そのせいで剣の重心がブレて、回路に無理な負荷がかかっている。


「工具を借ります。あと、作業台も」


 私は振り返り、ダリウスを睨みつけた。

 今の私は、逃亡中の令嬢ではない。

 一人の職人だ。


「……好きに使え」


 ダリウスは、わずかに口元を緩めて頷いた。


 ◇


 そこからの時間は、記憶が曖昧だ。

 私は憑かれたように手を動かした。


 まずはダリウスの剣だ。

 分解し、歪んだ刀身を万力で修正する。

 魔石の配置をミリ単位でずらし、重心を手元へ寄せる。

 こうすれば、握力が弱くても剣先が走る。


 魔力回路は、直列から並列へ組み直す。

 爆発力よりも、持続性とレスポンスの良さを重視した「最適化」。


 カチャリ。カチャリ。

 部品が喜んで収まっていく音がする。

 楽しい。

 死んでいた鉄塊が、再び命を吹き込まれていく。


「……できた」


 最後のネジを締め終え、私は息をついた。

 額の汗を袖で拭う。

 気づけば、窓の外は夕焼けに染まっていた。


「終わったか」


 背後で声がして、ビクリと肩が跳ねた。

 ダリウスが、いつの間にか後ろに立っていた。

 ずっと見ていたのだろうか。


「これを。……勝手に調整を変えてしまいましたが」


 私は生まれ変わった魔導剣を差し出した。

 見た目はボロボロのままだが、中身は別物だ。


 ダリウスは剣を受け取り、軽く振った。


 ヒュンッ!


 鋭い風切り音。

 剣先が、彼の思考と同時に走る。

 琥珀色の瞳が大きく見開かれた。


「……軽い」


 彼は信じられないという顔で、自分の左手と剣を交互に見た。


「俺が左肘を痛めていること、なぜ分かった?」

「剣がそう言っていましたから。貴方の左側を庇おうとして、遠心力で回路が右に偏っていたんです」


 私は正直に答えた。

 ダリウスは沈黙し、剣を鞘に納めた。

 そして、私に向き直った。

 その表情は、今まで見たどの顔よりも真剣だった。


「この傷のせいで、俺は剣を置くべきか悩んでいた。だが、これならまだ戦える」

「道具は、使い手に合わせて変われます。諦めないでください」

「……ああ」


 彼は一歩、私に近づいた。

 大きな手が伸びてくる。

 打たれる、と思って身を竦めた私の頭に、その手は優しく乗せられた。

 ゴツゴツしているけれど、温かい手。


「君の手は、魔法より温かいな」


 ボソリと言われた言葉に、心臓が跳ねた。

 魔法より、温かい。

 魔力がないことを理由に捨てられた私にとって、それは何よりの救いの言葉だった。


 顔が熱い。

 耳まで赤くなっているのが自分でも分かる。


「……条件があります」


 私は俯いたまま、蚊の鳴くような声で言った。

 もう、逃げるのはやめよう。

 この人のために、この道具たちのために、私ができることがあるなら。


「私の顔と名前は出さないでください。あくまで『影の技術顧問』として、裏方で働かせてくれるなら……」

「約束する。君の平穏は、俺が守る」


 ダリウスは即答した。

 そして、私の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「だが、呼び名が必要だ。いつまでも『修理屋』や『幽霊』と呼ぶわけにはいかないだろう?」

「……あ」

「教えてくれ。家名はいらない。君自身の名前を」


 その問いかけは、私の過去(家柄)を詮索しないという、彼なりの誓いのように聞こえた。

 私は小さく息を吸い、答えた。


「……リディア、です。ただの、リディア」

「いい名前だ」


 頭に乗った手が、ポンと優しく叩く。


「よろしく頼む、リディア」

「……はい、隊長」


 名前を呼ばれて、妙にこそばゆい。

 でも、悪い気分じゃなかった。


 こうして私は、夜警隊の秘密兵器として、第二の人生を歩み始めることになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ