表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられた令嬢は夜を直す〜機械の声と煤まみれの恋が灯るまで〜  作者: 九葉(くずは)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/10

第10話 君がいない夜は困る

 下町に、穏やかな朝が戻ってきていた。


 夜警隊の詰め所は、ここ数日お祭り騒ぎだ。

 設備局長の逮捕。

 長年隠されていた巨額横領の摘発。

 そして何より、あの「黄金の夜明け」以来、影魔シャドウの発生件数が激減したこと。


 私の工房──襲撃で壊された倉庫は、隊員たちの手によって以前より立派に修復されていた。

 新しい作業台に、ピカピカの収納棚。

 そして、私の手元にはダリウスがくれたミスリル製の工具セットがある。


「リディアさん! 郵便ですよ!」


 若い隊員が、元気よく封筒を持ってきてくれた。

 受け取った瞬間、私の指先が強張った。


 封筒には、見覚えのある紋章が押されていた。

 歯車と薔薇。

 クロックフォード公爵家──私の実家だ。


「……ありがとう。置いておいて」


 隊員が出ていくのを待って、私はペーパーナイフで封を切った。

 中から出てきたのは、父の筆跡による手紙だった。


『リディアへ。

 お前が下町で妙な技術を使い、評判になっていると聞いた。

 どうやら、お前のその異能にも多少の使い道があったようだな。

 今なら特別に許してやる。直ちに屋敷へ戻り、妹とジェラルド殿下のために尽くせ。

 公爵家の娘として、家益になるなら置いてやってもいい』


 最後まで読んで、私は深く息を吐いた。

 怒りは湧かなかった。

 ただ、呆れるほどに「変わらないな」と思っただけだ。


 彼らは何も分かっていない。

 私が何をして、何を感じてきたか。

 機械たちの声を無視し、体面と利益しか見ない彼らに、私の言葉は届かない。


 以前の私なら、この手紙に怯えていただろう。

 「戻れる場所があるなら」と、縋ってしまったかもしれない。


 でも、今の私は違う。


「……燃料にもならないわね」


 私は立ち上がり、部屋の隅にある暖房用の魔導炉へ向かった。

 蓋を開け、手紙を放り込む。

 一瞬で炎が紙を舐め、紋章ごと灰にした。


 未練も、恐怖も、一緒に燃えて消えた。

 とても清々しい気分だった。


「リディア、いるか」


 タイミングよく、ノックの音がした。

 ダリウスだ。

 入ってきた彼は、私の顔を見て、それからまだ微かに煙を上げている魔導炉に目をやった。


「……実家からか?」

「ええ。ゴミが届いたので、処理しました」


 私が淡々と答えると、彼は目を丸くし、それから吹き出した。


「ははっ! ゴミか。……強くなったな、お前は」

「隊長のおかげです。私には、もっと大切な居場所ができましたから」


 そう言うと、ダリウスは急に真面目な顔になり、咳払いをした。


「そのことなんだが。……王宮から、例の『謎の技術者』に対する問い合わせが来ている」

「えっ」


 心臓が跳ねる。

 王宮に見つかれば、今度こそ自由はなくなる。


「安心しろ。全部追い返した」


 ダリウスは悪戯っぽくニヤリと笑った。


「『あれは古代の魔導遺産が偶然誤作動しただけで、特定個人の仕業ではない』と報告しておいた。現場の最高責任者である俺が言うんだ、誰も疑わん」

「そ、そんな嘘が通じるんですか?」

「通すんだよ。……お前を、あんな窮屈な鳥籠に戻したくないからな」


 彼の声が優しくなる。

 琥珀色の瞳が、真っ直ぐに私を捉えた。


「それとも、お前は王宮付きの技師になりたいか? 名誉も金も手に入るぞ」

「いりません」


 私は即答した。


「私は、ここの街灯を直していたいです。夜警隊の皆さんの剣を研いで、美味しいスープを飲んで……そういう毎日の方が、ずっと幸せです」

「そうか」


 ダリウスは満足げに頷き、私の手を取った。


「なら、仕事の時間だ。……ついて来てくれ」


 ◇


 連れ出されたのは、下町を見下ろす高台だった。

 夕暮れ時。

 空が茜色から群青色へと変わっていく、一番美しい時間帯。


 眼下には、私が一軒ずつ直して回った街灯たちが、ポツポツと灯り始めていた。

 以前のような、頼りない点滅じゃない。

 どれもが力強く、温かい光を放っている。


「きれい……」


 自分の仕事の結果をこうして眺めるのは、初めてかもしれない。

 闇に怯えていた街が、今は光に守られて安らかに息をしている。


「リディア」


 隣に立つダリウスが、静かに口を開いた。


「俺は、不器用な男だ。気の利いた言葉も言えんし、仕事ばかりで甲斐性もない」

「知っています」

「……即答するな」


 彼は苦笑いして、少しだけ視線を逸らした。

 その耳が赤くなっていることに、私は気づいてしまった。


「だが、お前を守ることだけは誰にも負けん。……これからも、俺のそばにいてくれないか」


 それは、雇用契約の話だろうか。

 それとも。


「夜警隊の専属技師として、ですか?」


 わざと聞いてみる。

 ダリウスはこちらに向き直り、私の両肩を掴んだ。


「違う。……いや、それもあるが」


 彼は深く息を吸い込み、意を決したように言った。


「俺個人としてだ。……リディア、君がいない夜は困る」


 ドキン、と胸が高鳴った。


「君がいないと、コーヒーが不味い。剣の手入れも決まらない。何より……隣に君がいないと、どんなに街が明るくても、俺の世界は暗いままだ」


 なんて、ずるい言い方だろう。

 そんなことを言われて、断れるわけがない。

 ううん、断る気なんて最初からなかった。


 私は微笑んで、彼の手の上に自分の手を重ねた。

 油と煤で汚れた手。

 傷だらけの剣士の手。

 二つの手が重なると、不思議なほどしっくりときた。


「私もです、ダリウス様」


 初めて、役職なしで名前を呼んだ。


「貴方がいないと、私の世界も寂しすぎます。……これからも、ずっとお世話係をさせてください」

「お世話係か。……まあいい、一生雇ってやる」


 ダリウスが、私を引き寄せる。

 彼の胸に顔を埋めると、心臓の音が早く打っているのが聞こえた。

 私と同じリズムだ。


 街の方から、鐘の音が聞こえてくる。

 夜の始まりを告げる鐘。

 でも、もう夜は怖くない。


 私たちが灯した光が、街を、そして私たち自身の未来を照らしているのだから。


「帰ろう、リディア。みんなが待っている」

「はい、ダリウス」


 私たちは手を繋ぎ、坂道を下り始めた。

 その背中を、修理された街灯の光が、祝福するように黄金色に染め上げていた。


 放置された悪役令嬢の物語は、ここで終わる。

 けれど、下町の「女神の整備士」と、彼女を溺愛する不器用な隊長の物語は、まだ始まったばかりだ。


 壊れた街灯だけ直して生きていくはずだった私は、いつの間にか、自分自身の幸せも直してしまっていたらしい。


 ──街灯、点灯よし。

 ──明日の天気、晴れ予報。

 ──私の幸せ、異常なし。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


もし、この物語を少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや★評価などの形で応援をいただけますと、大変励みになります!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ