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王都怪異事件簿――ネクロマンサーの不埒な恋を祓うには  作者: せりもも


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9 惑乱


 ありえない。今まで人を愛したことのないこの俺が、恋?

 妖術に罹ったとしか思えなかった。

 さすが死霊の残した遺骸だ。呪いの力が半端ない。

 一刻も早く浄化しなければ。

 死霊を呼び戻し、体ごと消し去らなくちゃ。


 大急ぎで準備を整え、聖具室へ向かう。大きく息を吸って、柩の前に立った。柩は台に乗せられ、俺の胸くらいの高さにある。


 ガラスの下の彼は、相変わらず匂うように美しい。明らかにこの世のものではない美しさだ。

 俺は右手に純銀の杭を握った。魂が戻ってきたら、すかさずこれを、死体の胸に撃ち込む。


 辛さと共に悲しみがこみあげてくる。ん? 悲しみ? 

 いかん。混乱している。妖術にやられている場合じゃない。魂が帰って来た時がチャンスだ。体ごと浄化する為には、死体の胸に聖別された銀の杭を打ち込むしかない。


 きっと、この美しい顔は、恐ろしい苦悶の表情を浮かべるだろう。きりきりと舞い上がり、彼の身体は崩れていく。最後には細かな粒子となって、風に吹き飛ばされていく。


 その時こそ、彼の魂は本当の自由を得るのだ。

 そもそも彼は、一年も前に死んでいる。

 美しい遺体こそが、不自然な存在だ。


 「ヴェニ アニマメア!」


 意を決して、彼の霊魂を呼んだ。

 聖具室はしんと静まったままだ。


 「ヴェニ アニマメア!」


 魂は一向に戻ってこない。

 おかしい。こんなことは、未だかつてなかった。

 呼べば、魂は一目散に帰ってくる。体が損傷されたら大変だからな。

 それなのに、何に事も起こらないなんて。いったいどうしたことだろう。

 棺の中の男は、相変わらず美しい。この男の正体は、一体……。


「カルダンヌ公」

 そっと呼んでみた。ここには俺と彼の他は誰もいない。


 なぜか俺は安堵していた。エクソシストの呪文が利かなかったことに。

 それは運命とさえ思えた。神か悪魔か知らないが、とにかくチャンスが与えられたと。どうしてそんな風に思ったかわからないけど、とにかくそんな風に感じた。


 なら……。

 彼の顔はちょうど、俺の顔の真下にあった。寝息さえ聞こえそうな穏やかな顔をしている。


 「ヴァーツァ」

 小声で呼んでみた。彼の名前を。


 胸がどくどくと高鳴った。全力でこの場を立ち去りたい衝動に駆られる。

 違う。もっともっと彼に近寄りたい。

 相反する二つの感情に引き裂かれ、ただ立ち竦むばかりだ。

 こんな気持ちになったのは初めてだ。


 ……一度だけ。


 気がついたら、まるで魅入られたようにふらふらと口づけていた。二人を隔てる冷たいガラスに。ガラスの……ヴァーツァのちょうど口の真上に。

 滑らかな表面が俺の熱を受け、僅かにへこんだ気がした。まるで冷たい氷が溶けたかのように。


 その時だった。表の方で物音がした。

 すごく大きな騒々しい音だ。この音には聞き覚えがある。表扉を開ける音だ。 

 誰かが礼拝堂に侵入してきた?


 廊下の向こうから、誰かが歩いてくる足音と、そして声がした。


「おい、本当にお宝があるのか?」

「詳しくは知らん。だが、この礼拝堂は、ペシスゥス軍の宿泊施設だったんだ。ことによると、何か忘れ物があるかもしれない」

「村からの略奪品とかな」


忍びやかな笑い声が聞こえて来た。


「留守番の坊さんがいたらどうする?」

「俺達には銃とナイフがある。坊主なんて、イチコロさ」


 再び辺りかまわぬ笑い声。


 俺は身を起こした。

 真っ先に柩の蓋を確認した。もちろん、ガラスは溶けてなんかいない。


 廊下の声が近づいてくる。


「おい、あそこに小部屋があるぞ」

「隠し部屋みたいんだな」


 聖具室の引き戸は閉めておいた。だが、何分古い建物なので、何度か開けたてした際に、わずかに歪みが生じていた。その為、引き戸が壁から浮き立って見えるようになってしまっていた。

 それで、賊に見咎められてしまった。


「礼拝堂の隠し部屋か。いよいよ何かあるかもしれんな」


 二人組の声が間近に聞こえる。会話の内容から、明らかに泥棒だ。それも、武装した二人組。


 俺は柩を離れ、部屋の隅に置かれた箪笥の陰に隠れた。ちょうどいい具合に垂れ下がったカーテンが体を隠してくれる。

 俺はエクソシストだ。俺の相手は、霊魂。人間との戦いは本業ではない。


 それに、人数から言っても武器から言っても、まともに戦って勝てそうにない。ここは、このままお引き取り願った方が無難だ。


 ただ、あいつらがガラスの柩を見たらどうするだろうという懸念が胸を過る。まさか、中のヴァーツァを損傷しようとはすまいな……。


 美しい遺体が蹂躙されると思っただけでも、内臓が捩れるような痛みを覚えた。

 だが、現実の脅威が迫っている。俺には、死んだ人間より生きた人間の方が怖い。


 とにかく今は正気を保たねば。

 俺は必死で、自分を鼓舞し続けた。





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