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王都怪異事件簿――ネクロマンサーの不埒な恋を祓うには  作者: せりもも


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7 聖具室


 朝、目が覚めた時、ここがどこだかわからなかった。敗れた天蓋付きのベッド。シーツのない埃臭いマットレス。


 思い出した。

 エシェック村の礼拝堂だ。


 ゆうべはゴージャスな寝床に見えたが、朝の光で見ると、それは随分とみすぼらしかった。俺の肌に、虫に刺された形跡がないのだけが救いだ。

 でもまあ、粗末な生活には慣れている。起き上がり、階段を下りて行った。

 相変わらず人の気配はない。


 裏庭に井戸を見つけ、顔を洗う。

 お腹がぺこぺこだった。とにかく食べ物を見つけなくちゃならない。

 階下に戻り、まずは台所を探す。水場は大抵、一階あるからな。案の定、裏庭に面した部分に厨房があった。

 炊事場にはパントリーが付属しており、ありがたいことに瓶詰やビスケット、乾燥肉など、大量の保存食が保管されていた。

 いつのものかわからないが、瓶に異常はないし、ビスケットもぱりっとしている。どうやら食べられそうだ。

 てか、ご馳走じゃん。いつもの食事より、はるかに豪華だ。


 瓶をひとつとビスケットを少量貰って、食堂に戻る。俺は欲張りではない。

 食堂のテーブルの誇りを払い、がたがたの椅子に腰を下した。一応、両手を合わせ、朝の祈りを捧げる。亡き公爵の御霊の安からんことを、と忘れずに祈った。とりあえず、彼の遺体が早く見つかりますように。


 目を閉じ、小声で彼の名前を唱えた時、ころころという、奇妙な音が聞こえた。生き物の声にしては高すぎ、かといって、物が触れ合うような音でもない。風のそよぎや枝葉の揺れる音でも、もちろんない。

 建物はしんと静まり返っている。とても小さな音だったので、もしかしたら幻聴だったかもしれない。


 祈りが終わると、遠慮なく、持ち出してきたビスケットに、瓶の中のアプリコットを載せて食べた。



 さて、どうしたものかな。

 食べ終わって考える。

 ネズミに誘われ礼拝堂に来たものの、これからどうしたらいいかさっぱりわからない。


 エシェック村に来て俺がしたことと言えば、丘を駆けあがったことと、ここにあった食べ物を失敬したことだけだ。

 これでは泥棒と同じだ。

 泥棒になるのはいやだから、御礼に、建物の掃除をすることにした。


 というか、ここを根城に、もう少し、村の探索を続けるつもりだ。どこかにカルダンヌ公の柩が保管されているかもしれない。


 寝泊まりするところはきれいな方がいい。怖い病気になったら困る。一階の小部屋にあった掃除道具片手に、あちこちを掃除して歩いた。特に厨房と、寝室に使った部屋は念入りに。

 掃除は面白いほどはかどった。自分では掃除した覚えのない部屋までいつのまにか、きれいになっている。


 さすがは俺だ。掃除など、無意識のうちにできるレベルに到達しているのだ。というのは嘘で、ずっと考え事をしていたからだ。どうやってカルダンヌ公の遺骸を探し出そう、とか、もっといえば、アンリ陛下と彼の友情について。

 やはりどうしても、陛下の薄情さが許せない。友人の、しかも自分の命を救って死んだ恩人の遺体をなくしてしまうなんて。

 そんなことをあれこれ考えていたから、頭がお留守になっていたのだろう。それでも黙々と手を動かして掃除をする俺は、やっぱりすごいと思う。


 けれど、ヴァーツァ・カルダンヌ公というのは、生前、とんでもない悪漢だったんだよな。平然と人を殺す、それも、拷問そのものの残虐さで。

 そんな人と親友だったなんて、ひょっとしてこの国(ペシスゥス)の王というのは……、


 そこまで考えて首を横に振った。

 俺には関係のないことだ。俺の任務はカルダンヌ公の霊障をなくすこと。それだけだ。

 やり方としては、こうなる。

 まず遺体を見つけ、それから、魂を体に呼び戻す。聖なる御国に到達できない魂は、たいてい、己の体の近くでふらふらしている。うっかりすると地縛霊になりかねないから厄介この上ないが、体さえ残存していれば、呼び戻すのは簡単だ。

 魂が体の元へ戻ってきたら、体と共に、聖なる呪文で葬り去ってやればいい。

 つまり、大前提として、カルダンヌ公の遺体を見つけなければならない。それが、急務だ。


 箒でゴミを掃き落として戻って来た時、掃除用具入れの隣にもうひとつ、小部屋があるのに気づいた。ドアノブがなく、壁と同系色の引き戸だったので見落としていたのだ。

 鍵はかかっていなかった。

 「こんこん」

口でノックの真似事をしてみる。

「ええと。入りますよぉ」

そっと引き戸を滑らせる。


 中は真っ暗だった。

 窓の鎧戸が閉まっているのだ。

 とりあえず明るくしよう。日常魔法は消耗が少ないが、体力温存は大切だ。特に知らない土地にいる時には。だから、もっと一般的に、窓を開けて、外の光を取り込めばいい。

 埃が凄そうだったので、布で口を覆い、窓の鎧戸に手を掛けた。がたぴしと軋んだが、思っていたよりスムーズに扉は動いた。

 明るい日光が射しこんでくる。

 思った通り細かな埃が、太陽の光を浴びてきらきらと舞っている。


 残りの鎧戸も開け放ち、新鮮な空気を入れる。そうしておいて、初めて振り返り、部屋の様子を確認した。

 小さな部屋だった。どうやら聖具室として使っていた部屋らしい。僧の祭服や式典用の小物、楽器や燭台、それに羊皮紙を束ねた書類などが、無秩序に積み上げられていた。


 けれど、そうした物が目に入ったのは、ずっと後のことだった。


 俺の目は、部屋の中央にあった台の上に吸い寄せられていた。

 朝から昼間への、一日のうちで一番すがすがしい光を浴びて、祭壇の上に安置されたガラスケースがきらりと光った。


 透明なガラスの向こうに、この世のものとは思われないほど美しい男が、青い薔薇に埋もれて横たわっていた。


 生きているのかと思った。それほど、男の顔は血色がよく、表情も穏やかだった。

 まるで眠っているようだ。

 紺色の軍服姿で、青い薔薇に囲まれてガラス製の柩に納められた男……。


 ある予感があった。

 そして予感は正しかった。

 柩には、プレートが貼りつけられていた。


「ヴァーツァ・カルダンヌ公、ここに眠る

 偉大なるアンリ王子を救って死んだ者

 その御霊の安からんことを」


 ヴァーツァ・カルダンヌ公。

 現在、都を絶賛呪詛中の悪霊だ。


 ということは、眠っているんじゃない。この男は、死んでいるのだ。

 これは彼の柩だ。ガラスでできた、素通しの柩。



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