64 ブランコ
「シグ!」
駆け寄ってきたヴァーツァに抱きしめられた。膝の裏側に手が差し込まれ、足が地面から離れる。
……姫抱っこ?
羞恥を感じる暇もない。
そのまま、夏の別邸へ連れて行かれた。海に浮かぶあの小島だ。
執事のトラドを筆頭に、使用人一同が迎え出た。ゾンビの皆さんから、陰気な祝祭の気配が感じられる。先頭のトラドだけが、なぜか悲し気だった。
慌ただしくメイドさんたちに世話をされて、ヴァーツァの寝室へ送り込まれる。
もう、逃げ場はない。
◇
「バタイユを置いてきてしまった」
目を覚ました俺は、途方に暮れた。
ヴァーツァの姫抱っこって、最強だろ? 他が全部見えなくなったって、無理はない。おかげで、バタイユを一人きりにして、置き去りにしてしまった。
「あの子なら大丈夫」
紫の瞳には、赤や青の光が、華やかに点滅している。ベッドで至近距離で見る美貌は、想像していた通り、やっぱり心臓に悪い。
「それより、シグ、もう一度……」
何が大丈夫かわからない。けれど、彼のブラコンの弟は邪魔をしに来なかった。
長い間怯えていたけど、バタイユは、二人の寝室に現れなかった……。
◇
再び眠ってしまったヴァーツァを置いて、庭に出る。
今の幸せが信じられない。有頂天のあまり、どこかへ飛んでいきそうだ。
少し、頭を冷やす必要を感じた。
気を利かせたのか、柩で休んでいるのか、使用人たちは姿を見せない。
微かな音が聞こえた。
生い茂る葉をかき分けて進んでいくと、ブランコがあった。前へ後ろへ揺れている。
バタイユが乗っていた。
「やあ、シグモント」
彼の漕ぎ方はへたくそで、頼りない。
「無事に済んだようだね」
俺は真っ赤になって俯いた。自分のつま先が見える。
「可愛いなあ、君は」
含み笑いが聞こえた。
「いずれ、僕も混ぜてね」
「なっ!」
一気に血の気が引いていく。
「だいじょうぶ。許可があるまで行かないから」
足をぶらぶらさせながら、そんなことを言う。
「許可なんか、永遠に出ない!」
「いいさ。兄さんに頼むから」
ヴァーツァにきつく言っておかないと。
俺はいやだ。
たとえ双子の弟でも、ヴァーツァ以外の人を二人の間に割り込ませるなんて。
「アンリに渡すなよ」
ブランコは止まりかけていた。バタイユは、一生懸命、揺らそうとしている。
「アンリはダメだ」
「俺ならいいの?」
そこはやっぱり気になる。全てにおいて陛下の方が格上だが、たったひとつ、ヴァーツァへの想いだけは、負ける気がしない。
「君のことは、僕も欲しいから」
「……えっ?」
にたりとバタイユが笑った。
「何をしているんだ? ブランコを漕いでくれないの?」
不服そうに言われ、静止してしまったブランコの後ろに回った。
小さな背中を力いっぱい押す。
楽し気な笑い声が、辺りに広がっていった。
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。
完結マークは入れますが、ちょっとした伏線を残してあります。ご希望があれば、続編も書きたい気持ちでいっぱいです……




