59 乳白色の霧
蛮族との戦闘が行われたのは、村の西側だった。戦闘開始前は、霧の為、見通しが悪かった。敵はなかなか姿を現さず、軍の維持費を気にしたアンリ殿下は、ヴァーツァの軍を分遣した。そして、蛮族に襲われた。そこへ、アンリ殿下の危機を悟ったヴァーツァが、単身、戻ってくる。
ヴァーツァは戦闘で死んだ兵士らのゾンビ軍を率いて防戦、その背後で、残りの軍が再編を始めた。
そして……。
「この辺りでいいだろう」
ヴァーツァが立ち止った。草原の真ん中だ。草の匂いでわかる。辺りは一面に濃い乳白色の霧で覆われていて、伸ばした手の先も見えないけれど。
「いいか。何があっても、驚かないでくれ。それから、絶対に俺から離れるな」
「はい」
この霧では、すぐにお互いを見失ってしまう。
「俺を殺した兵士を召喚する」
「兵士は……死んだのですね?」
ヴァーツァは、自分を斬りつけた兵士を、倒れる間際に殺したのだろう。あるいは、味方のゾンビ兵士が殺したか。
口寄せをするのだと思った。内務大臣の霊を、ヴァーツァはそうやって呼び出した。
「でも、依り代がいません」
内務大臣の時は、通りかかった護衛兵を依り代にしたのだが。
「僕が依り代になりましょうか?」
ここには、俺とヴァーツァしかいない。
ヴァーツァは笑い出した。
「依り代になっちまったら、肝心の君が話を聞けないじゃないか。いいや。依り代は必要ない。彼はまだ、その辺りにいるだろう」
死んだ兵士の魂が辺りを彷徨っているというのか?
思わずぞっとした。
いずれにしろ、魂とコミュニケートするには、「器」が必要なんだが……。
ヴァーツァは両手を広げ、静かに念を込め始めた。少しずつ、霧の色が変わっていった。乳の白さが、グレーの重い色味を帯びる。次第に光を纏い、乱反射して銀色に輝き始めた。
突然、それまで生温かかった風が、氷のような冷気を孕んだ。湿った冷たい風が、耳を切るように痛い。
「来たか」
ぽつんとヴァーツァがつぶやいた。
霧を突き抜け、馬に乗った兵士が現れた。鎧兜に身を固め、美々しく着飾っている。
これは、敵方の兵士だ。
壊滅しかけたアンリ殿下の軍が再編するまでの間、ヴァーツァは、ゾンビの兵士達を率いて前衛に出、囮となった。一人でも多くの兵を得る為、敵味方問わずゾンビ化したのだと、彼は言っていた。
そうか。ゾンビの召喚だから、依り代は要らないんだな。今ここにいるゾンビ兵は、ヴァーツァがアンリ殿下の軍に戻ってきた時点で、すでに戦死していた兵士だ。
目の前のこの兵士を、ヴァーツァ自身が殺したのではないと思うと、理不尽にもほっとする自分がいた。わかってる。戦争はそんな甘いもんじゃない。殺さなければ、殺される。けれど、この兵士を殺したのがヴァーツァでなくて、本当に良かった。
ヴァーツァの紫の瞳が赤味を帯びる。
「ただいまお前を召喚したのはこの俺だ。お前は、俺の命令に服従するな?」
ヴァーツァが問う。




