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王都怪異事件簿――ネクロマンサーの不埒な恋を祓うには  作者: せりもも


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55 全てを終えたら

 夜間、王宮の離れの改修工事の見回りに出た警察大臣は、翌朝、死体となって発見された。

 「警察大臣の場合は、侍医が診察してるんだ」

 言いながら、ヴァーツァは、王城1階にある診療室へ入っていく。


「卒中ですよ、ええ、そりゃ、間違いなく」

現れた俺たちに、侍医は太鼓判を押した。

「あの日はひどく寒い日でしたからね。夜間の見回りになんか行くべきではなかったんですよ。この身を張ってでもお止めすべきでした」

 侍医はひどくがっくりきているようだった。

「貴方が責任を感じることはありませんよ、ドクター」

 思わず俺は口にしていた。


 軍にいた頃、自分が気が利かなかったせいで、部下に辛い思いをさせてしまった経験があるので、彼の気持ちはよくわかる。自分で自分を責めるのは辛いことだ。自分を許さない限り、生きることさえ困難に感じる。そして、自分を許せるのは自分だけだ。


「人には運命というものがあるのです。それに抗える者はだれもいません」

 俺が言うと、ドクターの顔に光が差した気がした。少しでも俺は、彼の負担を軽くできたろうか。

「おお! 天使だ! 神が天使を遣わされた」

 いきなり侍医は叫び、俺の手を握ろうとした。

 寸前で、ヴァーツァの大きな手が、繊細な白い手を追い払った。

「事件性がなければそれでいいのです。でも、ドクター」

「警察大臣の死は、卒中だと言ったでしょ。事件性なんてありませんよ。それよりなんで、私がこの方の手を握ろうとするのを邪魔するんです?」

「握って、どうしようと?」

 一瞬の間があった。

「感謝の気持ちを表したいだけです。彼は、私の心の重荷を取り除いてくれました」


 無礼にもヴァーツァは、鼻を鳴らした。


「確かに警察大臣は、誰かに殺されたわけではないのかもしれません。けれど、今、貴方がここで、『卒中』で死んだら、それは事故でも病気でもありません」

 さすがに侍医は、むっとしたようだ。

「私が今ここで、卒中で死ぬ? 不吉なことをおっしゃいますな、カルダンヌ公。卒中が事故でも病気でもないとしたら、いったい何だっていうんです?」

「殺意ですね」

 言い捨てると、ヴァーツァは俺の手を掴み、診療室を後にした。



 「ったく、なんてこった! どいつもこいつも、シグに色目を使いやがって。君も君だ。垂れ流しているフェロモンを調整できないのか……」

部屋を出るなりヴァーツァは喚き、それからはっとしたように自分で自分の口を塞いだ。

「いかん! そういう意味じゃないんだ。君は一つも悪くない。悪いのは俺のシグに手を出そうとするあいつらだ! しかも、内務大臣なんか、死んでるんだぞ! それなのに煩悩のカタマリじゃないか!」

 吐き散らかすヴァーツァは、怒り心頭といった様子だ。

「……で、こんな風に亡くなった方々の死因を調べるなんて、貴方は一体、何をなさりたいんですか?」

 触らぬ神に祟りなし。

 俺は話をそらせた。


 先帝の死は、情事の最中の腹上死。

 内務大臣は雷に打たれて。

 警察大臣は卒中。

 どれも、公の発表通りだ。


「作為がないことを知りたかったんだよ。誰かの仕業ではないことを確かめたかったんだ。この国を襲った豪雨や酷暑などの気象異常は、人の仕業でないことは明らかだ。虫やネズミの大量発生は、異常気象の影響だ。いずれも、人知の及ぶところではない。だが、先王や要人たちの死は、誰かの意図が働いた可能性があるからね」

「疑っていらしたのですか? ですが、お三方とも、公表された通りの死因でしたね」

「3人とも、年齢が年齢だったからね。ひとつの御代の終わりなんて、そんなものさ。王が年老いれば、臣下も同じように老いていくもの。疑ってなんかいない。ただ、きっちり詰めたかっただけだ。おかげで、疑問点はひとつに絞れた」


 さらりと言うから、驚いた。


「まだ、疑問点が?」

「最後の確認だ」

 そういうとヴァーツァは、すたすたと歩き始めた。

 足を止めた。

「全てを終えたら……」


 彼の言いたいことは瞬時に伝わった。この男はそれしか考えられないのか?

 けど、次々と疑問を潰していくヴァーツァはカッコいいと思った。

 その上、人の気持ちを傷つけないよう、配慮することも覚えた。

 外見が美しいのは最初からだ。


 頬に血がのぼっていくのを感じる。


「わかりました」

小さく頷くと、ぎゅっと手を握られた。



 「そういうわけで、前王や大臣たちの死は、不幸な偶然が重なっただけで、事件性はないということがわかりました」

「ほう」

「当初、私は、彼らの死は貴方の犯行であることを疑いました。動機はわかりません。純粋にハウダニットの解明からです」


 ハウダニットというのは、犯行の手段を追及する手法だ。俺の好きなミステリ作品のテーマであることが多い。というか、ヴァーツァもミステリ小説が好きなんだろうか。本を読んでいる姿なんか、見たことがないけど。

 涼しげな顔でヴァーツァは続けた。


「彼らの死もまた私の霊障だと貴方が喝破されたのは、私の霊に罪を着せ、己が所業を隠蔽する為と判断したのです」

「なるほど」

「けれど、全ては、自然な死でした。人為的な作為は一切なかった。違う。彼らの死に関して、隠蔽すべきものは何もない。それならば……単刀直入に伺います。彼らの死を、なぜ、私の霊の仕業だと断定されたのですか?」


 ヴァーツァに糾弾された相手は、ゆっくりと顔を上げた。

「加持祈祷の結果、得られた結論だ」


「嘘ですね」

鼻であしらうごとく、ヴァーツァが却下する。さすがに相手はむっとしたようだ。

「嘘だと?」

「正直におっしゃられた方が御身の為です」


 ヴァーツァは窓の外を指さした。

 つられて、俺も外を見る。


 ゾンビたちがぎっしり並んでいた。そのほとんどがミイラ化して、肉は剥げ落ち、口や鼻の場所は暗い穴になっている。

 ゾンビたちは、様々な時代の様々な服を着ていた。いずれも豪華絢爛たる衣装だ。さすがに破れ果て、ボロ切れと化しているものが多いけど。


「王家の御先祖たちが、臣下である貴方を非難しておられます」

 しゃちほこばった口調で、ヴァーツァが言ってのけた。からかっているように聞こえないこともない。


 王城の一角には礼拝堂があり、その地下には、王室の墓所がある。ゾンビたちはそこから、ぞろぞろと列をなし、その列は、ここまで続いている。


「……」

「彼」は、絶句した。


 あちこちで、ゾンビの列と行き会ってしまった人々の悲鳴が聞こえる。悲鳴はだんだん、こちらへ近づいてくる。それに、ゾンビたちの恐ろし気な咆哮も。


「アンリ陛下の御下命だ」

ついに王室祈祷師は白状した。







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